神 が死んだ 日 「さっちゃんは今仕合せなの」 自分より二回りほど年長の男に凭れながら少女は無邪気に尋ねた。 男の体は華奢ですわりにくいのだろう、少女はうまく落ち着いてすわることが叶わずに、居心地が悪そうに、しかしじゃれる様にその膝の上で、動く。 その度に裸の体の上に直接来ているコートの裾が際どいところまでまくりあがっている。 それに男は苦笑を洩らしながら、それでも少女に恭しく、言葉を発する。 「ええ、死線の蒼の御椅子になれていることほどの至福はありませんよ」 「ありがとう」 「いいえ」 「でも私は仕合せじゃないんだよさっちゃん」 そういうと、少女は男の頬を思いっきりひっぱたいた。 ばちんと、乾いた、大きな音が室内に反響する。 少女は華奢で小さな手をしていたが、その力は想像を絶していた。 緑色のサングラスは床に落ち、カシャンと音を立てた。 じんじんと、頬は熱を持って、痛む。 「私が仕合せじゃないのに仕合せっていうさっちゃんに腹が立った、文句ある?」 「・・・いいえ、俺なんかを殴ることで貴方が仕合せを感じるのならば」 男の揶揄するような言葉に、少女はあからさまな不快感を示し、再び手を上げた。 音に不満だったのだろう、男に馬乗りになるようにし、左手で男の右肩を掴み、右手をもう一度ふりあげ、下ろす。 三度ほど、殴った後、息を切らせながら少女は表情を歪めた。 それは人を喰ったような男の笑みに、不快感を示したのかも知れなかった。 思い上がりも甚だしい。 少女は苦々しく、吐き捨てた。 「お前たちが何人集まったって私をこれっぽっちも仕合せにすることなんてできないんだよ」 「そうですか」 「お前たちはただの無能なんだよ、さっちゃん、お前たちが何人束になっても「いーちゃん」にはけっしてかなわない」 「私を仕合せにしてくれるのは「いーちゃん」だけなんだ」 そういうと、少女は男の白髪の混じった髪を強引に右手で引き寄せた。 僅かに男の左頬は赤く腫れている。 そこに少女は唇を寄せた。 そして僅かに熱を持つそこを唇で撫で、そのまま頬を擦りつける。 「だから」 その甘美な響きに、それは大人の女性が持つ艶のある声では決してなかったが、少女の高い、しかし態と押し殺しているようなその声に、男は目を細めた。 高い体温が、頬をゆっくりと撫ぜる。 「「いーちゃん」が私のところに帰ってくるまで私を退屈させないで頂戴」 お前たちは私の暇つぶしなんだから。 その為に作った「仲間」なんだから。 そういうと少女は笑った。 邪気のないその笑みは、年相応の少女の笑みである。 その笑みに、男は再び目を細め、緩く目を伏せた。 「勿論ですよ、死線の蒼、貴方が望むもの、全てを揃えて差し上げましょう、俺の全ては貴方のものですよ、どうぞ御自由に、貴方の御心のままにお使い下さい」 「ありがとうさっちゃん、大好きだよ」 そういうと、少女は腕を伸ばし、男の首に腕を絡めた。 そして、ぎゅうと、抱きつく。 体重が、全てかけられ、背中を通し、椅子へと伝わっていく。 細く華奢な、女の魅力も、少女らしい柔らかな感触もない、それでもどこか温かい少女は、笑う。 「さっちゃんは私の運命の人だ」 そう、暇つぶしだったのだろう。 少女が吐いた言葉も、行動も全て戯れでしかなかった。 真実などそこには一片もなく、ただ「彼」が不在の時間を埋めるためのツールを彼女は使っていただけにすぎない。 全てが虚像で、幻だった。 なにもなかった。 まるで、親の帰りを待つ子供が遊ぶ積木。 その一つが、さっちゃんと呼ばれた男だった。 少女は積み木遊びに飽いた。 しかし、いつまでもその積み木の所有権は少女に帰属しているように。 伽藍洞な、部屋を見ながら、男は、兎吊木垓輔は。 ++++++++++ 蒼害。 一群解散時の兎吊木垓輔の回想。 死線の蒼は一番細菌に当たってたらいいなって思います。 |