「僕はどこかで間違えちまったのか」

ふと、そんな言葉が漏れた。
ある程度気温のあがった街では喩え栄えた町でも蝉が鳴き出していた。
数は確かに少ない、だが寧ろ林の中で聞くより、その声の鮮明さと鬱陶しさは増しているように思う。
それは街の構造か、はたまた不釣り合いなものとして無意識で判断しているからかは判然としない。
ただ脳髄に擦り込むように、頭の中でその声は響いた。

そして出夢の目の前にはそんな一つの残骸があった。

「なんだよ急に立ち止まって」

三歩前から聞こえる声に出夢は顔を上げた。
そこには黒い髪を肩まで伸ばした、同じ年の頃の少年がいた。
それはきちんと学生服を着ていて一見模範的な中学生に見えたが、その右頬にある入れ墨がすべての調和を破壊していた。
その少年がアイスキャンディを舐めていた。
それは出夢がエロいから!といって買い与えたものだったが半分位既に彼の胃袋に収まっている。
そこまで見て出夢は自分の手の中にも同じものがあることを思いだす。
右手を見ればそれは既に半分くらい夏の熱気によって溶けており、出夢の手をべたべたにしていた。
凝固を放棄した液体は出夢の腕、肘とを伝い、アスファルトの大地に染み込んでいた。
それは残骸の近くにもポタポタと落ち、出夢は慌てて手を引いた。

「あ〜蝉か?」

死んでんのか?と少年は側に寄ってきて、アイスを一気に口に放り込み、丁寧に舌で舐めとった。
その様子を見ながらああ多分と出夢は返す。
蝉は動かない。
そして気にとめる人もいなかった。
それは夏の風物詩といってもいい、全く特殊性のないただ一つの風景であるからだろう。
それに興味を示す中学生という図も。

「ご苦労さん」

そういうと少年は歩きだした。
それにならい、出夢も歩きだし、彼の横へと並ぶ。

街は暑さ故か白く見えた。
それは僕の精神状態の所為かもしれないと出夢は一瞬思い、そんな自分を嫌悪した。
弱くなったのか、ただ自分を強いと思いこんでいただけで本当は弱かったのか。
ただ蝉の残骸の残像が、網膜から離れなかった。
それはひとりの生き方を象徴しているようにしか思えなかったからだ。
ひとりで深い闇に生まれ、同じ土に埋まってる仲間のことを思いながら、長い年月に耐え、地上で二週間ほど鳴き続けて、そのままひとりで死んでいく、その生涯を。

頭に浮かんだ優しい笑顔に出夢は溜息をついた。
自分が外に傾倒していっても、優しく、優しく笑って、暗いあの部屋で待っていてくれる「彼女」を。

「なぁ」

蝉は一人で生まれて一人で鳴いて一人で死ぬんだよな。

呟いた出夢に人識は首を傾げた。
そして一人じゃねぇだろ、俺も、お前も、と笑う。
それに曖昧に笑いかけながら僕は、なと出夢は返す。

一人なのは理澄だった。

一度もないのだと、出夢は思う。
こう、人識と出掛けるように町を歩くことも。
アイスを食べながらじゃれあうことも。
蝉の死骸を二人で眺めて、下らない感傷に浸ることも。
むしろ蝉の声をうるさいといいながら不平を言い合うことすらも。

二人で一人で、二人が一人。
二重人格を語った双子。
そのための役割分業。
故に二人でいることは許されない。
狭い研究室でしか二人でいてはいけないのだった。
それでも、出夢はまだ自由だった。
別に外で誰と遊ぼうがあまり関係ない。
最終的に邪魔になれば殺せばいい。
しかし理澄はちがう。
彼女は探偵だった。
探偵で、傀儡だった。
いらない記憶は簡単に消せてしまうのだ、彼女の意志に関わらずに、他人の意志で。
彼女が誰かに友情を抱いても極論恋をしても、簡単にその記憶は消える。
それは探偵としては最高の特性だった。
でも。

理澄はひとりだ、出夢がいなければ、永遠に。

「いい眼鏡だ」

ふと、唐突に体温が下がった錯覚に襲われた。
太陽が街を焼いて暑い中、それでも鳥肌が立つように、体温が下がった。
その声は、あの夜聞いた、あの。

狐。

(あんたなら、もしかしたら、理澄と)


一瞬だけそう思い、出夢は苦笑した。
責任転嫁もいいところだった。
理澄は、理澄は自分が幸せにしなくてはいけない。
それは罪滅ぼしでもましては義務でもない、ただ心からの欲求としてそう思う。
たとえ、太陽の下を二人で手を繋いで歩けなくても。

「なぁとっしー」
「なんだよ」
「妹は大切にしてやれよ」
「あ?妹なんていねぇよ」
「まぁきけよ、あのな妹ってのはな」


偉大なんだぜ。


笑いかけてやれば零崎はそれにつられたように笑った。


ねぇ理澄。
他人から見て不幸かもしれなくても、不毛かもしれなくても、幸せになろうな。
間違っていても、お前は許してくれるだろう、その度にやり直せばいい。そうだろ?



そう思った瞬間、蝉の残骸はただのものに成り下がる。
なんだ簡単じゃないか、そうおもい、出夢はその残骸を踏みつぶした。








器用な人間の精一杯



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いずりず+とっしー
人間関係読んで死ぬほどいずりず萌えた。やっぱり戯言はNL最高です。


title群青三メートル手前