因果応報 そう思ってしまえばそれだけだ それでも 「出夢くん、死んじゃったよ」 話が途切れた時に、ふと思いついてその話題を振ってみた。 そうすれば殺人鬼は足元に落としていた視線を緩慢にあげ、怪訝そうに、そうか、とだけ呟いた。 そしてしばらく思案するように、目を眇め遠くを見やる。 つられて視線を先を追ってみたがそこにはなにもなかった。 道の向こうは夜陰へと溶けていて、道を照らす点在した街灯は、ぼんやりとしか光っていなく、その光が照らす場所だけが別次元として切り取られているようだった。 三つの異次元を越えたとき、零崎は笑い、僕の方へと振り返った。 そこにはにやにやといつもの表情の零崎がいる。 「なんだ、お前が戯言で殺したのか」 「まさか、出夢くんは僕の戯言が通用する相手じゃないだろう、ていうかこの前それで殺し合いをする羽目になってね、死にかけた」 「まあ確かに、あいつは戯言が通じそうにねえな、でも無力なお前が死ななかった、ね、欠陥製品、お前それは誇っていいんじゃねえか」 「そうかな」 「だってあいつ手加減とかできるタマじゃねえだろ、それともあのイカレタ奴に気に入られちまったのか」 「まあ、嫌われてはいなかった、とは思うけどね」 そこで一度言葉を切ると零崎は首をかしげた。 ストラップが揺れてあたり、僅かに音を立てる。 本来女の子がやったら間違いなく可愛いその仕草は、しかし全く可愛くなかった、全然。 「ていうか、やっぱり君たち、知りあいなんだね」 そういった瞬間、零崎は酷く虚を突かれた表情を作った。 そして歯切れ悪くま―そうだな、とだけ肯定し、不貞腐れる。 簡単に鎌にかかった零崎に今までの伏線はなんだったんだと思わないではなかったが、まあよしとしよう。 「お互いになんか煮え切らない話をするからどうなんだろうとは思っていたんだけどさ」 「うーあーまあ知り合っちゃ知り合いっていうか」 「まあ、一応仲良くしてた時もある」 「へえ」 「両腕使えないから世話してやったり」 「へえ」 「キスなんかもしちゃったり」 「・・・」 「なんだよ」 「いや、零崎そういう趣味だったんだなって思って、幾ら体が女の子でもさ」 「へえ、欠陥製品くんは差別主義者だったのか、ふうん」 「いやそういう訳ではないけどね」 実際役に立ってたりするんだけどな、今俺が面倒みてるやつ両手使えないし。 華麗に零崎はさっきまでの僕との会話を無視し、少し楽しそうに目を眇めた。 その様子を見て、その面倒を見ている奴、というのがきっと妹、かなんかなのだろうと僕は判断した。 結構仲良くやってるんじゃないか、出夢くんとも、その妹さんとも。 鏡のくせに、そう、いってやろうかと思ったところで、零崎はふう、とため息をついた。 「で、出夢の野郎はどんな感じで死んだんだ」 頭の後ろで手を組んで悠々と歩きながら零崎は話を促した。 僕は、向こうから来た車のヘッドライトに照らされた零崎の横顔をうかがったがそこに落胆の色は見られなかったことに少し驚いた。 そして同時にそうか、それが彼らの普通だったのだと改めて思う。 明日死ぬ、それすら予定調和な世界。 車が僕たちとすれ違い、背後の闇に没したのを確認してから、僕は続ける。 「意外にそこは気にするんだ」 「まあな、七回、本気で殺し合って殺せなかった奴を殺した方法とか気になるじゃん」 「うーん」 「まあ殺した奴は、君の一賊を潰した奴と一緒だよ」 「あーまあ妥当だな、あいつくらいしか出夢殺せそうにねえし」 「うん、それで、出夢くんは、腹をぶち抜かれて、即死出来なくて苦しみながら」 「最後は理澄ちゃんを、思いながら逝ったよ」 冷たい体育館で、最後虚空に目を泳がせながら笑った、出夢君を思い出す。 酷い出血、生命維持機能を失った彼の臓腑。 痛みすら、麻痺させるほどの痛みだったのではないかと思わせる、深く抉られた傷。 多分、彼の人生で初めての敗北。 それでも、彼は、笑っていたのだ。 「かはは」 零崎は、笑った。 悲しみとかそんなもの一切感じさせない、温かい笑い声で。 それに面食らっていると、零崎は嬉しそうに僕の方に向いた。 「なあんだ、あいつ結局、すげえ人間らしい死に方したんじゃねえか」 「そうかな」 「だってそうだろ、あんなに人殺して、それでも」 「最後は最愛の妹思って死ねたなんて、願ってもねえ仕合せじゃねえか」 ちょっと羨ましいぜ、と零崎は笑う。 そういわれて見てなるほど、と僕は思う。 僕に追いつめられて死んだ同級生とか。 姫ちゃんの思惑に邪魔だったから殺された学校の関係者とか。 害悪細菌に廃人同然にされてしまった堕落博士とか。 西東診療所の面子とか。 彼らは望まずに破壊されつくされたのだった。 何かを思う暇もなく。 ある人は絶望に打ちひしがれながら。 勿論それがすべてだったとは言わない、きっと満足して死んでいった人もいただろうけれど。 しかも罪悪だった人間だけが死んだわけではなかった。 なにも、悪くない人間もいっぱい死んだ。 因果応報。 そうなって然るべきといえばしかるべきだった、出夢くんの死。 それでも彼は笑って逝った。 大切な妹のことを、おもって。 それは周りから見れば不幸なのかもしれなかったけれど。 死ぬことは最悪なのかも知れない、それでも、その最悪にも、きっとたくさんの形が、あるのだ。 「戯言だけどね」 「まあ、な」 零崎は笑って、僕は笑わなかった。 いつもの、ことだった。 「なあ戯言使い」 「ん?」 「笑って死ねよ、お前も」 「鏡なんだからよ、俺とおまえは」 「うん、善処するよ」 「まあ、俺もお前もまともな死に方できそうにないけどな」 「確かにね」 最悪の中の一つの幸せを。 沢山の死を齎した自分たちでも、模索する権利はあるのだと。 教えてくれたは、一人の死。 おやすみ、匂宮出夢。 二 度は言わない(おやすみなんて) +++++++++++++ ココさまからのリクエスト。出夢について話すいーと零崎でした。 本編で出夢が理澄思って笑ったって記述はないですが、あそこで笑ってなかったら切なすぎるので。 零崎といーの話書くと台詞ばっかりになって苦手です・・・こんなんでいいですかね? リクエストありがとうございました! title群青三メートル手前 |