たったひとつ。
貴方に伝えたい、言葉。



ルトダウン。臨界突破。こうして一人の世界が終わる。




「一人の男の話をしていいか」

廃墟と化した開発中の工事現場。
頭上には暗い夜闇が広がり、星までがちらついている。
血を大方失い、抹消は既に温度がない、そこを冷たい風が抜けていく。
ただ死を待つその身ではあったが、長年焦がれた赤色を揺れる視界に留めながら音楽家は言葉を発した。
自分でちゃんと喋れているかも定かではない状況ではあった、それでも自分に膝を貸し、赤い髪を垂らして高圧的に、それでも親しみのある表情で笑みを浮かべている女は、いいぜ、と答える。
どうやら喉はまだ機能しているらしい、そう思い少し安堵しつつも曲識はそれならば、と、言葉を継いだ。

「零崎一賊に、一人の変態がいた」
「変態かよ」
「妹大好きで、鋏を光に翳してニヤニヤしているような男だ」
「へえ」
「作るカレーはまずいし、中学生に一日百通もメールを送ったり、遊園地にデートに誘っといて入園料をおごってやったりしない、そんな男だ」
「最悪じゃねえか」

「でも、お前のことを死ぬほど尊敬していた」

「異常なまでの家族愛主義者だった、他の奴があいつは家族愛しか解せないとぼやいていた位に、あいつは家族しか愛さなかった、そして、身内にはとことん甘い、おまえを、本当に尊敬していた」

一度あの赤色にあったといってみたらどんな顔をしただろうか。と曲識は今更に思う。
多分、赤色に会い見えることのなかっただろう長兄は、どんな顔をしただろうか。

「僕は逃げの曲識といわれるほどに戦闘に対しては消極的だったが一度、あいつの為に戦ったこともある、それに今回は、そんなあいつが愛した、家族を、もっといえば一番、あいつを慕っていた男を助けるために戦闘に参加したといっても過言ではない」
最後の一人の家族零崎軋識。
彼を助けるために、彼が最後の零崎一賊だったから、レンなら死んでも助けるだろうと思ったから、曲識は。

そういった曲識に、赤色の少女は一瞬驚いたように目を見開き、柔らかに目を細めた。
その慈愛に満ちた視線に、ああ、似ている、と、曲識は思う。

「あんたにとって、そいつは本当に大切な存在だったんだな」

子守唄のように柔らかな声音に、ああ、と音楽家は肯定する。
霞んだ視界の向こうで、彼が笑っているのが見えた。
よかったね、トキ。
その唇がそう、動いたように感じられる。
何も知らなかった、一人で生きて、一人で死ぬことしか、知らなかった。
それでも彼は自分に生きる意味を教え、一人で生きて死ぬ、その運命を打破すべく集団を与えた。
少女は己に一人で生きぬ術を教えた。
そしてかつての少女は今、曲識にその人生の完遂を、齎す。
少女を想って生きることを許す環境を、そして、少女との邂逅で人生を終える運命を。
与えてくれた零崎双識こそ、また少女に対して抱いていた感情とは別に、否、それを超越した感情で己が慕っていた、その人であった。
友のように、兄弟のように、親のように、常に曲識を包み、導いてくれたあの人こそ。

「なあ」
「なんだ、音楽家」
「もしも、もしもあいつに会うことがあったら、僕が感謝をしていたと伝えてくれないか」
「は、自分で言いやがれへたれ音楽家」
「それは無理だ」

「僕は地獄に堕ちるだろうからな」

そう続けた曲識に、少女は僅かに眉根に皺をよせた。
その光景に、よく表情が移るな、と場違いにも関心をする。
少女は不快感を隠しもせずに、なあ、と続けた。

「お前も、そいつも殺人鬼だろうが、それに私だって死ぬほど人を殺しているんだぜ、全員地獄生きだろうが」
「人殺しが罪悪なのは現代の法だろう、僕は人殺しは罪悪ではないと思っている、もっとも、僕みたいに快楽の為に偏屈な殺人を行っていたものは間違いなく罪人だろうが」

「家族の為に人を殺すことに終始したレンと、人を護るために殺すおまえは、聖人だ」

少女が何か言いたそうに口を開く前に、曲識は、頼んだぞ、請負人、と続ける。
それに少女はああ、くそ、この偏屈で強情な音楽家め、と髪をかきあげながら、額を抑える。
さらりと流れる赤色の髪、それに、嘗て地下駐車場で、みたあの、ツインテールが描いた赤色の軌跡を思い出し、曲識は口角を持ち上げる。
双識の黒と、少女の赤、二原色の世界。
それでも十分に彩られた世界だった、譬えようもない位に美しい世界だった。
それで十分だと思う、それで充分だった。

「じゃあ、この最強の請負人、哀川潤、あんたの依頼を受けようじゃないか」
「ありがとう」
「だけど代金を払え、金はなさそうだから、歌でいい」
「ああ」
「とびっきり奇麗なので頼むぜ」
「ああ」


「あんたの人生をうたった歌を、歌ってくれよ」


とびっきりの笑顔でそう告げる彼女と、そこに重なる、一賊の長兄の笑顔に。
霞んだ意識と、死に乾いた喉を絞り、曲識は歌を、歌う。
もう既に喉から声が出ているかすら定かではなかった。
それでも、深く息を吸い、嘗てのボーイソプラノとはほど遠い、低い、音色で。
零崎曲識は音を紡ぎだす。
二人の、己の人生を構成した人間に。
感謝の言葉を。
そして、映る意味合いは違うのだろうが、共通される、一つの言葉を。


「愛していた」


その意を、存分に込めた、感謝の歌を。

歌う。





「あんたの依頼、しっかり引き受けたぜ、零崎曲識」

音の絶えた廃墟。
そこに横たわる満足げな表情を浮かべてい逝った音楽家の頬に触れながら、請負人は呟く。

「この請負人、哀川潤の名に懸けて、お前の言葉はちゃんと伝えやるから」

だから

「ゆっくり眠りな、零崎、曲識」




ぱちぱちぱちと、疎らな拍手とともに完遂された、一人の殺人鬼の、生涯。


++++++++++++++++++
このお題は最後に双識にとっておこうと思ったんですが、どうしてもこれ、が思いついてしまったので、泣く泣く。笑
曲潤も大好きなんですが、なんとなく根底にはトキレンがあって欲しい、来です。