もしも終りがあるのならば、と考えたことがあるかい?


う。我は名も無き



世界の終り。
兎吊木垓輔はそれを自分の神が死ぬその時と定義していた。
一度目は、一群が解散の命を出されたとき。
このときも兎吊木は徹底的にへこんだ。
今まで全てのものを破壊しつくしてきた兎吊木にとって、誰かに世界を破壊されるなど、初めての経験であったし、何よりその破壊者が、自分の世界の中心であり、神であった人物だったからだった。
もう二度と同じ轍は踏みたくないと思った、切実に、30をも過ぎた大人が、もうこのように足元を崩されるような経験は二度としたくないと神に祈りすらした。
しかし二回目は、唐突に起きる。
二回目の世界形成を、それでもどこかで臨んでいた兎吊木にとって、それは最後通牒以外の何物でもなかったのだ。



「あんたの神様、もうすぐ死ぬぜ」

コンピューターの配線で埋め尽くされた部屋のソファで我が物顔にコーヒーを飲んでいたとき、唐突に声をかけられた。
それは斑色の髪をし、顔にでかでかと刺青を入れている、年端もいかぬ少年だった。
戯言遣いとそう歳は離れていまい、少年だった。
初めて見る少年だったが、ふと言葉を思い出し、兎吊木は懐かしさに目を眇めた。

「いやいやはじめまして、であっているかな、零崎一賊の申し子、末弟零崎人識君」

怪訝そうに視線を投げかけた後、少年は床に腰を下ろし、あってるぜ、と答える。
そして一瞬、思考を巡らせた後、ああ、と納得したように続けた。

「俺の名前を知ってるってことは、あんた、兄貴と知り合いなのか」
「ほう、鋭いな、そうとも私は確かに君のお兄さん、自殺志願の零崎双識と知り合いだけれどね、何故、そう判断したんだ聡明な少年」
「別にー兄貴は親莫迦だから、大将とか曲識のにーちゃんと違って、弟自慢しそうだもんな、大将たちは一応切り札としてたみてーだからあんたみたいな胡散臭いおっさんに、話したりしないだろうよ」
「ふふ、そうか胡散臭い、ね、褒め言葉として受け取っておこうか、それに、まあ、確かに、街は・・・君のいうところの大将、そして双識くんが言うところのアスは、秘密主義者だったからな」
「・・・」
「おっと、秘密の話だったかな?まあいいだろう、一賊が壊滅した今、もう時効だ」
「ふーん、まあ、兄貴が匂わしてはいたが、そういうことか」

まあどうでもいいか。
そう少年は呟いたが、目線が言葉の先を求めているのに兎吊木は目ざとくも気づいてしまう。
これは秘密だっただろうか、そう、自殺志願と街には頼まれたことだったろうか、そう考え、次の瞬間に二人ともこの世界にはもういないことを思い出す。
約束は反故にしたってもう誰も文句は言わないだろう。
まして破壊屋、害悪細菌兎吊木垓輔、約束一つ破壊したところでそれが何になるというのだろうか。

自殺志願、また愚神礼賛の話をしながら、ふと、記憶がよぎる。

『私はアスが憎い』

そういって、額を抑えた男の後ろ姿を、兎吊木は思い出した。
けしてそれが殺意でなかったことを知っている。
それでも、彼は憎いといった。
それは、ただ、彼があの家族によってでしか生きることができなかったからだと、兎吊木は思っている。
生まれたときから孤独だった少年は、差しだされた手にすがって大人になった。
家族。
その名前のもとに集結しているからという理由で愛された、そして愛した。
だから。
それが彼にとっては神であり王国だったのだ。
そして今度は彼が神となろうとした。
彼はそのような言葉で語られるような存在になることをけして望んではいなかっただろうが、しかし兎吊木からすればそれは同義だった。
だから、そこを離れても生きることができる存在に対し、自殺志願は焦燥し、憎悪し、そして、羨望したのだ。

羨ましい、と、憎いと。

だから追いかけるのだと言っていた。
弟を、まだこちら側にいてくれているのだと確認したいが故に。
子供だからと、笑って、それが不毛だという兎吊木の言葉に、だって、家族だからと、笑って。

「君は、お兄さんに、自殺志願零崎双識に、好意を抱いてはいたのかい」
「あん?」
「君のことを、ずいぶん彼は気に入っていたようだったから、それが一方通行だったら彼が可哀想だろう、可哀想だ、家族のために一生をかけて、それで「お兄ちゃん大好き」の言葉一つ貰えないようでは可哀想だろう、まあ彼はとっくに死んでいるから、もしかしたらもう手おくれ以外の何でもないのだろうけれど」

そして、これは自己満足以外の何物でもない、と兎吊木は自嘲する。
自分は彼を一番に思うことはできなかった。
兎吊木にとって代え難く一番は死線の蒼であったし、二番から十番くらいまで、死線の蒼だった。
実際、彼が死んだと聞いたとき、それはとてもショックであったし、憐憫の対象であったし、心の空虚を齎すそんな、出来事ではあった。
それでも、死線の蒼の解散の命、また今回の絶望に比べれば大したものではない。
だから、自分は言うことはできなかった。
そして、彼が死んだとき、街を追及したが、それでも、兎吊木の満足する答えは、聞けなかった。
ただ、兎吊木は。
あの、世界に絶望し、それでも諦めず、人を愛し続けた零崎双識に対して。

「好きだったよ」
「ん」
「俺は兄貴が、好きだった、他の家族の中で一番ウザくて、いちばん殺してやりたい奴だったけどな、でも俺は兄貴だけは唯一あの一賊の中で、俺が家族として認めてる人間だ」

だから。

「あいつは、一人じゃ、なかったぜ」

一瞬驚き、その後ゆったりと目を細めた兎吊木に、人識はかはは、と笑って見せた。

「そうか、それならいいんだ」

年端もいかぬ少年にどこか救われたような気持ちになった自分に自嘲し、兎吊木は目を伏せた。
少年は、立ちあがり、いい話を聞けたぜ、と、満足そうに笑った。

「俺も安心したぜ、兄貴に友達がいたんだってことにな」
「そうかい?」
「ああ、こんな変態のマッドサイエンティストだったとしても、だ」
「最高の褒め言葉だな」
「褒めてねえし」

その笑顔に、懐かしい人の面影を見、兎吊木は笑う。
なんだ、いい弟を持っているじゃないかと。


これから全てを奪われる科学者は。
笑う。


「なんか、とても救われた気分だよ」
「ああ?そうか?これからあんたの神様死ぬんだろう」
「まあね、でもなんか、神に祈りたい気分だ」

こんな私にも何か、あるのではないかと、そう思わずにはいられないよ。
なあ、双識くん。



ンドタイマー





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久しぶりに更新してみました。
ラジカルで人識君がしゃべったのはきっと兎吊木さん、と信じたいのですが、大将かな?
あと二つですね、頑張りたいと思います。