きっと、似ていたのかも知れない。 腕 の中に閉じこめても届くことなどなく 「お前らのこと僕はずっと馬鹿にしてきたけどさーなんつうか、不覚にも、お前らの気持ちがわかったような気がするんだよな」 地上十三階のビルの屋上のフェンスの上で、少女が足をふらふらさせながらそう、言葉を紡いだ。 華奢な体躯をした、少女だ。 髪は真っ黒で、まっすぐである。 しかし浮かべられた表情は酷く禍々しい、少女らしからぬものだった。 だらりと垂れさがった標準より長い両の手、そして小首を傾げて見せる。 切りそろえられていない黒い髪がさらりと、流れた。 空は晴れている。 雲ひとつない、快晴だった。 殺し名の二人がこんな明るい所で会話を交わしている事実に今更のように思いいたり、これを欠陥製品は戯言とでも呼ぶのだろうと思った。 確かに、戯言だった。 いや、寧ろ、傑作か。 一度空を仰ぎ、ため息をついた。 そして、零崎人識は、「少女」――匂宮出夢に視線を戻した。 「あー?お前らって誰指してんだよ」 「ぎゃはは、そんなのあのイカレタ一賊の奴らに決まってんじゃん、お前それ以外に友達、あのにーちゃんくらいしかいねえんだろー?」 「あのな・・・前も言ったと思うが、俺はあいつらの成員じゃねえっての」 呆れたように呟けば、彼は又、頸を傾げて見せた。 嘗て長かった髪、それがザンバラに切られている。 大方人類最強の仕業なのだろうと、人識は思う。 「あ、そうだっけか、名前だけか」 おまえ、自殺志願のこと兄貴って呼んでたきがするけどな僕は。 そう、彼は呟き、哄笑する。 ビルの谷間に響くその笑い声に、人識は眉をひそめた。 どこか、覇気がない。 昔の彼はあり得ないほどの戦意で満ちていた。 純粋な戦意だけで構成された、特化された「強さ」の象徴。 それがどこか不完全だった。 まるで、何かが欠落したかのように。 いや、所有していなかった何かを埋め込まれた、そっちの方があるいは正しいかもしれない。 聞いてはいけなかったのだろう。 しかし、聞かずにはいれなかったのだ、どうしようもなく。 「何かあったのか、殺し屋」 風が吹いた。 フェンスに凭れるようにして話を聞いていた人識の髪を、押したら落ちてしまうくらいのぎりぎりなフェンスの上に座っている彼の髪を、風が乱す。 ビルの間を拭きあがってくる風は強い。 目をしかめ、空を仰げば、彼は風に髪を遊ばせながらどこか遠い眼をしている。 そこに兆した「弱さ」とでもいうべきものに、息をのむ。 ぎゃはははと、彼は笑うと、続けた。 「実際可愛い妹だったけどさー、あれだ、こんなに自分にとって大きな存在だとは思わなかったんだよなー」 そう、目を細める。 過去を回顧する、それはその類の視線だった。 「とろいけどあんな可愛い妹、毎日傍でけらけら笑ってるのみてたらさーしぬなんておもわねえじゃん?それが死ぬんだぜ?」 一瞬気を抜いた瞬間に、あいつの首が、こう、さ。 手を伸ばし、それを掴もうかとするように、彼は華奢な腕を伸ばした。 全てを破壊せんとするその腕が何かを護るように伸ばされるのを見て、ああ、とため息が出た。 虚空にはなにもない、ただ、眼下に蟻のような人間が見えるだけである。 その言葉につい先日死んだばかりの兄貴のことを思い出した。 自殺志願、どうしようもない家族想いの殺人鬼。 鬱陶しい位に放浪する人識を追いかけて来て、連れ戻そうとしていた暇人。 殺してやると何度も言ってやったし、何度もそういった真似をしたが、いつも笑顔であっさりかわしていた男。 いくら殺そうとしても、死ななそうな顔していたくせに、太刀一撃であっさりと、死んでしまったあの男を。 唯一の家族、そう人識が判断を下していた男だった。 それによって穿たれた心の空虚。 しかしこの男はそれだけで済まない。 いままで妹に預けていた全てを一身に背負うはめにある。 功罪の仔、匂宮出夢に理澄。 強さと弱さの両極端、完全な二元化。 故に、出夢は今まで感じたことのない感情をすべて背負っている。 だからこその、歪、不完全。 だからこの男は今日こんなにも均衡を欠いているのかと、人識は思う。 彼は続ける。 「死んじまったらいくら抱きしめても、いくら名前呼んでも、もう何にも届かねえんだな、生きてたことも、実験台の僕達はデータ上にしか残らないし」 お前らみたいに討つべき敵もわかんねえし、どうしようもなくなって心臓だけ持ってきちまったよ。 それでだ。 そういうと彼はくるりと体を反転し、足を屋上側に移した。 背中に奈落を背負い、彼は笑う。 「お前ら一賊の失うことの怖さってゆーのか?それを知ってるってのは、まあそれだけはいいことなのかもしれねえってなー僕は思ったわけだ」 「あー?」 「ほらよ、お前らの一賊にあだなす奴らは皆殺しって概念はよー大切な家族殺そうとするもんならゆるさねーって奴だろ?それはそいつが死んだとき、それがどれだけ大変なことか、その「一緒に生きている」っていう「当たり前」がどれだけもろくて尊いものか知ってるってことじゃねえのか?」 ぎゃはははと、彼は笑った。 昔はその笑い声はただ苛立ちを喚起する類のもだったが、今はそれほど憎たらしくは思っていない自分に人識は気付く。 いや、憎たらしく思えないだけか、とも、思う。 それは唯一の家族を亡くした、相手へのただのシンパシーなのだろう。 彼が自分を好いた理由も、なんとなく自分が彼をつき離せずにいた理由も、存外同じなのかも知れなかった。 たった一人の理解者、多分人生で必要とした唯一の人間。 その関係の脆さに、儚さに気付かないままに、安穏と生きていた世界を一変させる、一つの死。 「馬鹿な集団には変わりないけどなー」 「ああ、俺もそれは思うよ」 どうしようもなく、馬鹿な仕様のない生き詰まった集団。 しかしだからこそ、それだからこそ、有益な部分だってあるのだろう。 理解できない以前に、理解するつもりもない。 それでも、人としての痛みを知っている、その所だけは。 傑作だ、そう人識は心の中で一人ごちた。 「零っちにも、僕の可愛い、妹、紹介できれば良かったんだけどな〜零っち興奮しちゃうぜ、あんな可愛い妹に迫られたらよ、ぎゃはは」 「お前とおんなじ顔で、声、してるんだろ?うんざりだな・・・俺は悪いが背が高くて奇麗な人が好きだ」 「鏡見て言えよそんな戯言」 「黙れこのシスコンが」 少女の顔に、禍々しい、しかしどこかさびしそうな顔を浮かべ、殺し屋は。 顔面に刻まれた刺青をゆがませてシニカルに、人間失格は。 笑った。 ++++++++++++++ なんかすいません・・・この二人難しかったです。 |