り落ちた言の葉は地を赤く濡らす



「これがまた、本当に最悪ってくらい変態な兄貴でよ」

卓袱台を挟んだ先にいた零崎が徐に言葉を吐いた。
この待合室以外にこの建物の中で電気のついている部屋はない。
しんと、眠りについている。
窓の外には色濃く闇があり、まだ明ける気配は微塵とない。
目の前の殺人鬼は仰向けに寝転び、頭の後ろで腕を組んでいた。
蛍光灯の白々しい光に、禍々しい刺青が浮かび上がって見えた。

「妹マニアで、セーラー服マニアで、鬼畜で、スーツ似合わねえし、料理も下手で、まあそんな奴だったんだよ」
「それはまた、濃いな」
「だろー?俺がよくあんなのに育てられてこんなかっこいいナイスガイになったのか本当に疑問に思うくらいによ、変態で最悪な兄貴だったってわけだ」

反面教師ってやつかあ、と零崎はかはは、と笑った。
僕は笑わなかった。
何時もことだ。
零崎は気にした様子もなく、続ける。

「んでよう、じゃっきんじゃっきん大振な鋏振り回して、ざっくんざっくん敵を殺すんだ」
「へえ」
「自殺志願なんて変な名前付けて可愛がってたんだけどよ、あいつ、鋏使わねえほうが強かったんじゃねえかな、まったく」

卓袱台の上に乗っていたお茶はすっかりと冷めていたが、それをとって喉に流し込んだ。
俺のだぜ、と零崎が呟いたが、気にしなかった。
一応注意しただけらしい、零崎も気にしなかった。

「んで、つい最近、念願の妹を手に入れやがった、なんつうかあのはしゃぎっぷりは目に余ったね、本当によ、兄貴の趣向ストライクというかなんというか」
「ふうん」
「零崎ってのは後天的な集団でよ、ある日突如目覚めるってのが定説でさ、俺とか兄貴みたいな過去がないというか先天的な零崎ってのは珍しんだ、で、その妹は前者で、ちょうどそこに兄貴が居合わせたっていうか」
「ふんふん」
「イカレタ女だったな、両腕持っていかれても、平然と向かっていきやがる、まあある意味零崎らしいっちゃらしいか・・・」
「その子可愛いの」
「あー髪短いからなー」
「それは残念」
「仮にお前が気に入ったとしても、あの兄貴はぜってー手放さねえな、俺が中学校の時から・・・もっと前からかな、ずーっと求めてた念願の妹だからな」

そういうと、かはは、と零崎は笑った。
そして、本当に何気ないふりを装って、零崎は目を閉じた。
そして、軽い語調で、続けた。


「まあ、あっさり死んじまったんだけどな」


あっさりと、軽く、空気のように。
そこにある言葉を、まるで重要性ももないファクターを、示すように。
その言葉は、恐ろしく、軽い調子で吐かれた。
が、酷く質量をもった言葉だった。
零崎は笑っていたが、そのギシギシとした心はひしひしと伝わっていた。
自分が自分でないような感覚。
鏡の向こう側の虚像のその姿に図らずともシンクロする。
人間失格と欠陥製品。
見た目も内面も正反対だが、何所か根源が共有されているような奇妙な連帯感。
もとい、親近感か。

もてあましているのだろうな、と漠然と思う。
そして無意識に、零崎は、欠陥製品のもとを訪れた。
彼だって意識していないような、そんな根源的なシンクロシティーで。
彼は欠陥製品のもとを訪れた、それは解くためにだろう。
世界で唯一、望もうと望まないと、お互いを理解できる、その存在に自分が放棄した自分の把握を委ねるために。

戯言だった。
そんな関係がこの世界にあっていい筈がない、否、あるはずがない。
しかし何故か世界の摂理に反してそれは存在する。
鏡が、虚像が、その向こうの人物と会話できるシステムが。
戯言だった。
しかし、虚像がこっちを向くのだから仕様がない、会話を、望むのだから仕様がない。
この心の内を、言葉にしろとせがむのだから仕様がない。

戯言だな、そう呟く。
そして、続けた。


「なあ、零崎、泣きたいなら泣けばいいよ」


「・・・・・・うーん?いーたんは何を言ってるのかなぁ」

しばしの沈黙の後零崎は勢い良く、起き上がると首を傾げて見せた。
全然可愛くなんてないぜ、そういえば、こんな可愛い男の子捕まえといてそれはねえんじゃねえの、と笑った。
その言動がさっきから聞いていた「とんでも兄貴」と少し似ている気がしてしっかり影響受けてるんじゃねえかと、一瞬思う。
このままだと埒が明かない、戯言使いとしてそれもまた一興なのだろうが、それもどうもつまらなく、何よりも歪な表情を(実際表層に出てはいないが)浮かべる殺人鬼をこれ以上見ていられなかったというのが本音だった。


「鏡だから」


わかりたくもないけれど、と前置く。

「何の因果か君の考えていること、なんとなくわかるからね」
「・・・あーじゃあ、なにあれか、いーたん」

泣いてもいいってことはよ、と零崎は自分の胸に手をあてていた。
心臓があるそこに心なんてものはない、それは脳が作り出した幻影だと言いたかった。
しかし、やめておいた。
それは、虚空を見つめる零崎の視線が、凄く、繊細だったからとは言いたくなかったが。
多分そうなのだろう。
やはり、戯言だった。


「このぽっかりとした感覚は、悲しいでいいってことか」


かはは、と零崎は楽しそうに笑った。
こんなに人を殺してきた殺人鬼が、人一人の死に感じるのが悲しいなんて、そんな自嘲気味な笑みだった。
そうだよ、多分ね、そういえばふーんと、殺人鬼はこれがそうなのかと感慨深げに、呟いた。

無自覚的に、零崎はその、「兄貴」を、必要としていたのかも知れない、そうおもった。
いくら、零崎が史上最悪の人間失格で殺人鬼であっても、その存在を、肯定する存在を求めずに人は生きていけないものなのだから。
殺人鬼、鬼といっても、所詮は人間。
ただ無償の愛を与える相手を、求めるのは必定だった。
生きていくことを肯定してくれる存在を。

ふんふんと頷き、零崎は笑顔で視線をこっちに向けてきた。
そこにまだ悲しみは揺れているようだったが、困惑は、なかった。

「いやいや、いいこと教えてもらったぜ欠陥製品」
「まあね」
「お礼にエロいことしてやろうかー」
「・・・いや、遠慮しておくよ」

遠慮すんなよ、そういって零崎は立ち上がり、一瞬で僕の後ろをとった。
そして、背中合わせですわる。
華奢な背中、きっと相手にしてもそれは同じだろう。
ずっしりとかけられた体重。
零崎は深く息をつくと、呟いた。

「鏡なんだろ、欠陥製品」
「うん」
「じゃあ、鏡らしく、彼岸にいろ」

一時間でいいから彼岸にいろ。





虚像の向こうが何を思い、何をしているかは手に取るようにわかった。
しかしただ、欠陥製品は、人間失格のことを彼岸の存在として、ただ放置した。
干渉の馴れ合いも無用の長物。
結局、自分達は彼岸の関係、交わる必然性すら、そこにはない。






でも、ただ、一度だけ。
その口から、零れた言葉だけは、拾っておいた。








「悲しい、か、傑作だな、自殺志願」






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マジカル、僕と人識の夜の対談から捏造。
あんまりお題に添えてない気がしますが・・・笑