ちた体、差した指の先



「前からずっと思っていたことがあるのだよ、街、君にとって真に神と呼べる、そんな概念がこの世界から消失したとき、君は何を思うのかって、ね」

薄暗いバーの片隅で、向き合う男が徐に語りだした。
全身を白いスーツで固め、薄いグリーンのサングラスをかけている。
疎らな店内には一昔前のジャズが微かに流れている。
男はグラスに注がれたウイスキーを一口飲んだ。
からん、氷が硝子に触れ硬質な、しかし透明な音を奏でる。

「例えば死線の蒼、俺達は彼女をそれはもう神のように崇拝、否信仰していたとする、しかし彼女は死んだ、精神的な意味で死んだ、もう俺達を必要としなくなった瞬間彼女は俺達の神から降りた、しかし君は壊れなかった、死ななかった、俺や他のメンバーと違って、君は壊れなかったし死ななかった、それが何を意味するかと言えばきっと、彼女は君の神足り得なかった、そうではないのかい?街」

軋騎は答えなかった。
兎吊木はまるで慣れているという様にそんな軋騎に構う様子も見せずに続ける。
丁度、カップルが店内に入ってきたところだった。
一瞬歪な二人組に女性の方が視線を投げかけ、軋騎と視線が絡むとあわててそれをそらした。

「例えば君が言うところの家族、それが君の中で神に該当する概念だったとする、だとすれば彼女が、「死線の蒼」が、俺達の統治者である存在が、精神的な意味で、死滅したとき、君があのような表情を浮かべた理由は、そして壊れなかった理由は簡単に説明ができよう、もう自分は家族を裏切らぬ存在であり得る、もうすべては家族のもとへと捧げることができる、そう思うことができるからね、張りぼての偽の神というべき存在はもう自分には不要だ、自分には元来自分の神足りえた家族という、その存在だけが存在すればいい、死線の神としての要素は焼き払ってしまえばそこに残るは無だ、そうだろう?街」
「まあ、害悪細菌、お前の前提が真だとすれば、それは成立しうる図式かも知れないな」
「俺はこの前提が多分絶対だと思っていたんだよ街、君は何よりも家族を愛している、家族が絶対だ、あの異常集団、言い方が不適かい?まあそこは大目に見てくれたまえよ、とにかく家族が君にとっての絶対的優先事項だと思っていたのだけれどね」

一息に話した兎吊木はそこで一度息を切り、頭を二三度振った。
年齢にそぐわぬ、白髪の混じった髪が揺れる。
そして、もう一度ウイスキーを喉に流すと、深い深い色をした瞳で真っ直ぐに覗き込んでくる。
表情は笑っていた、しかし、目は全く笑っていない。

「なあ、君のとってそんなに大切な、そして特別な存在だったのかい」
「は、誰のことを言っているんだ」
「俺の情報網をなめないでほしいね、ある意味勘に近いものでもあるが・・・双識くんのことだよ」

ふふふと、不気味に兎吊木は笑った。

「だって君のそんな表情、付き合いが長いとはいえ一度も見たことがないぜ」
「・・・・・・」

不快感から眉を寄せる。
自分がどのような表情を浮かべているかは鏡がないここでは判別のしようがない。
机は奇麗に磨かれているとはいえ、そこにさすがに軋騎が映りこむというようなことはない。
しかし想像はついている、曲識の反応から自分が悲壮を表情に宿していない訳ではないことは分かっている。
家ではあの新参者の少女に気を使って何でもないふりを装っているとはいえ、だ。
不快に感じたのはこの男にそのことを見破られたその事実。
しかしそれもその筈だ、兎吊木と自分は似たようなフィールドに立っている。
といっても兎吊木はあの「暴君」が神を降りたその時の方が余程ひどい表情を浮かべていた。
兎吊木は、続ける。

「仮に君が家族こそを神と信仰していてだよ?その長兄が故に彼を、象徴として特別視、または神聖視しているというのも可能かもしれないけれどね、しかしそうはいってもそれはあまりにも概念として弱いと思うよ、せめて君が双識くんがいた零崎を神聖視していたのか、はたまた彼自身を・・・か」
「あいつは、神とか呼べるような存在じゃないだろ」
「だからこれは比喩だよ、君はこの言葉を使われるのが厭なのだと思っていたからね、失礼、では表現を変えよう」

「君は、双識くんを愛していたんじゃないのかい?」

軋騎は答えない。
兎吊木は肩をすくめた。

「黙秘かい、それとも自分が彼に向けていいのは家族愛だとでも信仰しているのかい、零崎同士の子もいるんだろう、さすればもうすでに家族愛なんて君の家族の中では幻想じゃないか、それともなにか、彼が馬鹿みたいに信仰していたから、家族愛を信仰していたから自分もそれに応じてやろうなんてそんな女々しい感情でもって君は家族愛を唱えているとでも言うのかい、まあそれもある意味愛の一形態と言えない訳ではないとは思うけれどね」
「・・・・・・・・・」
「悪いが君に言い逃れの余地はない、何にせよ君が彼に他の家族とは違う何かを感じているっていうのは君の態度で明白だ、君が「一群」に属していたとき、一賊の誰かが死んだことがあったろう?君はその一時期制裁を加えるために「一群」から姿を消した、しかしその前後の君の態度は今のものとは比べ物にならないくらいあっさりとしていたよ、全く動揺がなかったとは言わないがね」

言いたいことがすんだのだろう、兎吊木は口をとじ、また少しウイスキーを喉に流し込んだ。
氷が又、からりと音を立てる。
軋騎は兎吊木の言葉を一度咀嚼し直し、そして息を吐く。
確認するまでもないだろう、そう言ってやろうかと思ったがそれもこの男に優位に立たれそうで、曖昧に流す。

「だからって、俺があいつを愛していたっていうのか、くだらない」
「くだらない、ねえ、まあ君がそういうならそれでもいい、か」

気づいてか、そうでないのか判然とはしなかった、しかし兎吊木はそこで話を切った。
話好きな男ではある、しかし、無駄な問答は好むくせに進展の望めない会話を好まないのが兎吊木のスタンスだった。

「言いたいことはそれだけか、終わったなら俺は帰る」
「ああ、少し待ってくれ、もうひとつ、聞きたいことがある、といっても君は俺の質問にただ一つとして答えてないけどね」

そこで彼は初めて目を細めた。
感情のなかった瞳の奥深くに、色が宿る。
深い深い、それは深い悲しみを投影した、そんな色だった。

「彼は、零崎双識は、笑って逝ったのかい」

悲壮感を抱えて死んだのだったら俺に後悔が残るんだよ、街。
殺す機会は沢山あったのに、殺して上げられなかった自分にね。
過去を悼むように、兎吊木は言葉を吐いた。
何時も自分が可愛い男の言葉としてはそれは適当であっただろう、しかし、それでも、兎吊木は確かに彼を悼んでいるのが軋騎にはわかった。
それは、確かに自分も抱えている、感情であったからだ。

「ああ、妹と弟を守って、笑って死んだ、あいつにとってはこの上ない、望み通りの最期だった」

いえば、男はふ、と表情を和ませた。
そして何度かそうかそうか、と呟いた後、飄々とした笑みを浮かべ、目を閉じた。

「それならいい、それならそれでいいんだ」

軋騎は兎吊木のその表情を認めると、自分の前にあったウイスキーのグラスをあけ、がたんと机に置いた。
飛び散る水滴に注意も払わず、立ちあがる。
そして床に置いておいた麦藁帽子と、バットのホルダーを拾い上げた。
その格好は、岸崎軋騎のものではなく、零崎軋識としてのものだった。
その様子を兎吊木は優しい目で見つめる。
どこか、確固と愛情を表現する手段をもつ者に対する羨望の意も秘めて。

「街、行くのかい」

君たちの義務とやらの、その人に対する愛情の証明作業に。

「ああ」
「武運を祈っているよ、街、また出来たら君に会いたい、仇をとった時、君が感じたものを、話してほしいのだよ俺は」



というのは、さ、街―――――――



都会のネオンが煌く中を風を切りながら歩いていく。
背中のホルダーの中にある「愚神礼賛」がことことと音を立てていた。
人々はどこか空虚に感じられる、とにかく曲識と落ち合う場所へと足を進める。
ふと、眼鏡をかけた長身の男とすれ違った。
一瞬、振り返り、名を呼ぼうとするが理性が辛うじてそれをとどめる。
蘇る、あの男の笑顔に胸が張り裂けそうになり、同時に酷く体の中が伽藍洞に感じられた。


――――街、神が死んだその時残るのは、その対象への恐ろしいまでの愛情と、気が遠くなるまでの虚無感と相場は決まっているからさ


最後、最初の問いに関しての言葉を発した兎吊木の言葉を思い出し、それを鼻で笑い飛ばす。
そんなことはとうにしっていた、だからこそ、だからこそ軋騎は、否軋識は。
最大限の殺意と、衝動と怒りをもって、自分の神を悼むために、今、たった今から。
「愚神礼賛」を振りかざす。


「さーて、そろそろ零崎をはじめるっちゃ」


流血の向こうに佇む彼は果たして笑っているか泣いているか。
それすらわからず、故に殺戮でもって彼を悼む。
あのような比喩を使われずとも自覚的に、自分が誰よりも愛していた、あの男を、全力で悼む。


それこそが、愛の証明だと、そう、まるで信仰するかのように。


故に、

神礼賛 零崎軋識





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お題完全無視ですいません・・・。
軋識→双識←兎吊木
すいませんたぶんいろいろ違いますね、軋識の愚神は鉄釘バットですよね。
兎吊木さん書いててめっちゃ楽しかったんですがお兄ちゃん以上にセリフに比喩多用、そしてあほみたいに長い。
故に自分で何書いているかわからなくなりました(死んでこい
一応、兎吊木さんは双識のこと好きです、私最近兎双好き(知らないよ
時間軸的には兎吊木さんが研究所を抜け出した後じゃないと二人が会話なんてできないのでサイコロジカル後気味。
でもスキンヘッドの兎吊木さんは厭なので、髪の毛ありますけどね。笑
お粗末さまでした。