死への渇きの中で、殺人鬼は愛を唱える。
ただ只管に。


が焼け付く、恐ろしいまでの乾き。



失血量が尋常でなかった。
腹部に一閃、仕込み刀で貫かれたそこからは、とめどなく血が流れ出てきている。
手で、それを止めておく必要もない、それほどに血を失っていた。
スーツは血で汚れ、色さえ変わっている。
普通さを求めて着ていたものだったが、結局こんな所で腹部を貫かれて死ぬなどという普通からかけ離れたこの状況、笑い話もいいところだった。

「まったくもって、くだらない」

そう自嘲気味に呟いてから、視線を上げた。
森の中の霞む景色、明度が少し落ちた、そこに。
一人の青年が立っていた。
麦藁帽子をかぶり、肩にバットのホルダーをかけている青年は下らないものを見るように、双識を見下ろしていた。
鋭い視線。
しかし、その視線に双識はひるむことなく、ただ優しくやんわりと眼鏡の奥の双眸を細めた。
そして続ける。

「ああ、でもそうでもないかな、妹も出来たし、一応弟の不手際も、済ましたことだし」

うんうんと頷くが、頸が妙に安定せず、すぐに辞め、また、青年に視線を向けた。
相変わらず青年は表情を崩しもせずに、双識を見つめている。
その足元のサンダルは双識の血ですでに染まっていた。
草の間を縫うように広がっている血だまりに、ああ、人間というものはこんなに血をもっているのか、と妙に感心した。
普段は膨大な人物の血がまじりあった場所に立つ、故に一人の人間に詰まる血潮の量など勘定したことがなかったのだった。
こんなに人を殺してきたというのに、双識は自嘲した。

「死ぬっちゃか」

徐に、青年は声を発した。
表情を出さずに佇んでいる男が本当は感情を抑えていることを、双識は知っていた。
双識が浮かべる安らかなの笑顔、それに青年は不快感を少なからず感じていることを双識は知っていた。
誰よりも優しい男が、本当は自分の向かっている死を疎んでいることも知っていた。

「うん、まあ、ここまで血を失ってもまだ生きたいなんてそんな非現実的なことをぬかすほど私も馬鹿ではないからね」
「諦めいいっちゃね」
「まあね、最期くらいは、そんな潔い双識さんもかっこいいだろう?」

双識の軽口に、青年は不快感を顕わにした。
が、双識は青年の態度を黙殺した。

「長兄の役目は果たしたことだしね、そろそろ死ぬことにするよ、アス」
「そうっちゃか」

笑って死ぬための集団なんだろ、そういえば青年はしぶしぶといった様子で頷いた。
まったく殺人鬼に似つかわしくない優しさだ、と双識は思わず笑う。
殺人鬼、からさっきまでいた弟のことを思い出す。
そして、緑の制服を纏った少女のことを。
ため息をつき、空を仰いだ。
すでに視界の端は霞んできている、空の向こうもはっきりとは認識できなくなっていた。

「ああ、せっかく妹も出来たのになあ、人識くんも帰ってきてくれたところだったのに、全く惜しいタイミングで死ぬのだね私は」
「自業自得だっちゃよ、大方お前のことだっちゃ、油断でもしてたんじゃないっちゃか」
「うふふ、正しい指摘をどうも」

笑みを模ろうとした、と、その瞬間、一瞬意識が飛ぶ。
重力の向きが一瞬わからなくなり、倒れるのだと思った瞬間、体を支えられていた。
暗転していた視界に色が戻ったとき、自分の顎が青年の肩に乗っていることに気がついた。
触れたところから伝わる熱に、ああ、自分はひとりではなかったのだと、そう改めて感じる。

一人の闇の世界から始まった記憶。
そこに刺した家族という一筋の光。
手を差し伸べてくれた人たちの姿。
何時も呆れたように傍にいた青年。
何時も自分を信じ傍にいた音楽家。
しょっちゅう失踪し手がかかった弟。
突発的に人を殺し目覚めた妹。
一人の闇の世界から始まった世界が今また、闇の世界へと還元されるというのに。
全く怖くなどないと、双識は笑みをこぼした。
家族を守り、必要とされ生きてきた時間。
ここで断たれてしまうのはどうしようもなく惜しい、しかし満足するものであったと、双識は思う。

傷口から流れる血の感覚も、痛みもすでに麻痺していた。
回されているだろう腕の感触も、動かそうとした自分の腕の末端の感覚もとうにない。
もう死ぬのだと思うと、怖くはなかった満足はしていた、しかし泣きたくなるほどの家族への愛情が胸の中にあふれるのを感じる。
熱く愛おしく、常に流れていたその感情が、一気に増大し、溢れる。
どうか、どうか。
縋るように最後の力を振り絞り、青年の背中のシャツの布をしっかりと掴む。
そのまま、強く強く男の体を自分の方へと引き、耳元に口を寄せた。
そして、体の中の水分もとうにない、砂漠のように乾いた喉で、双識は喘ぐように、青年に懇願した。


「家族を、家族を、よろしく、頼む、よ・・・アス」


どうかどうか。
こんな自分を、こんなどうしようもない自分を愛し必要としてくれた。


愛すべき家族を―――――――――


最後の言葉が空気を揺るがしたかは定かではなかった。
しかし、水分が大方欠如し、新しく摂取できなく渇いた喉でただ。
ただ、只管に、双識は、自殺志願は。

ただ。

家族への愛を・・・ただ・・・。





この日、誰よりも家族を愛した男は、死の闇へと落ちた。

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人間試験、早蕨を突破した直後。
捏造ですいません・・・
でもまず、お兄さんに死んでもらわないといけなかったので。(酷
人識くんと舞織ちゃんに看取られる瞬間を想像できなかったのでアスに登場を願ってみました。
アス、ごめんね!笑