無色透明の憎悪






夕日に照らされたマンションの一室。
そこに踏み入れた瞬間、曲識は床一面に散らばった透明な欠片に少し面食らった。
双識は、多少ずぼらな一面を持っているが、このような危険物を床に放置しておくような人物ではない。
自身はあんなに凶暴なものを振り回す癖に、家族に対しては異常なほど過保護な一面を見せる。
このようなものを、床に放置しておくような男ではないのだ。

「レン、どうした」

その部屋のソファに寝そべる主人に、曲識は声をかけた。
しかし、反応はない。
寝ているのだろうか、そう、曲識は思い、床に散らばるそれにもう一度眼をやる。
硝子。
それは大した量ではない、そう、それはコップ一個分くらいの原材料。
珪素。
しかし、それはなにか、象徴的なものとしてここに存在しているように、曲識は思った。
もう一度、曲識はソファに視線をやる。
普段しわ一つないシャツには皺が寄っており、いつも乱れぬ髪は、今はぐしゃぐしゃだった。

「レン、片づけてもいいか」
「・・・・・・」
「人識が踏んだら危ない、それに、きっとアスが、怒る」

反応がない。
曲識は仕方なく、屈み、硝子の破片を集め始める。
楽器が弾けなくなったら元も子もない、故に、指先を傷つけないように、慎重に。


と、影が落ちた。


曲識が声をかけようとする前に、手が無造作に伸ばされ、破片を掴んだ。
そしてそれを握りこんでしまう。
嫌な音がした、と思う前に、その細く白い手から、錆色の液体が、地面に落ちた。
夕日の中でもそれは赤い。



「怒らないさ、トキ」




滴り続ける赤、乱れた髪の下に隠れた表情。
割れた、硝子の破片。
机の上に乗っているのは割れた硝子のコップと同じ形をしたものが、三つ。
すればそれが語るのは何か。

「そうか」

腕を伸ばし、自分より年齢も、上背もある男を抱きしめてやった。
普段は、颯爽と、飄々と、家族のために奔走する男の腕は、脚は、いま、役目を放棄していた。
否、放棄せざるを得なかったのだろう。
家族を抱きしめるその腕は、掌は今、血にまみれ、曲識のスーツを握りこんでいる。
しかし、この男は泣く事はしないのだな、と改めて曲識は思い、この男の強さに感服した。



床に散らばる無色透明の破片。






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曲識+双識
出て行ってしまった軋識。



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