警告を穿つ


「なんで人を殺すのか考えてみたんだよ、アス」

リビングに入った瞬間に、徐に、リビングでテレビを見ていた男は、視線をテレビに注いだままに呟いた。
痩躯に、似合わない背広を着て、ソファーの上で足を組んでいる。
髪は後ろに撫でつけ、眼鏡をかけている。
それは「自殺志願」と、そう呼ばれる、その男だった。

テレビの中では殺人事件が報道されている。
つまらぬ、そして(自分たちが言えた義理でもないが)雑な殺人。
リポーターが眉間に皺をよせ、神妙そうに記事を読み上げている。
その後ろでうごめく警察の姿。

そして、被害者の顔、容疑者の顔、動機。

『自分をふった被害者に対する憎悪の末に・・・』

ああ、くだらないね、そう、男は呟いた。
そしてチャンネルをあっさりと変えた。
今度は能天気そうな料理番組がテレビに映る。

「まあ、零崎の殺しに、理由なんかなくて、殺意しかないってのはまあ、周知の事実だとしてもね」
「どこかで聞いた台詞っちゃね」
「こうね、純然たる理由とかいうものがあってもいいかなって思ったんだよ」
「純然たる理由っちゃか」
「そうそう、行動とか何とかには理由があるって言うじゃないか、まあ殺意、それが純然たるものって可能性もなくないけれどね」

番組の宣伝文句通り、あっさり出来た料理に男はこれおいしそうだね簡単だし、そうコメントをした。
こういう番組の大抵はあらかじめ下準備などもろもろがされているという事実は言及しないでおく。
アス、これ今度君に食べさせてあげようか、そういった男に軋識は丁重に遠慮する旨を告げる。
カレーが酷い味だったと、人識に言われたのを思い出したからだった。
詰らなさそうに男はため息をつき、またチャンネルを変えた。
スポーツ選手が、ホームランを打っていた。どうやら昨夜の試合のハイライトらしい。

「で、どこまで話したっけ」
「・・・・・・殺人にも純然たる理由があってもいいってとこだっちゃ」
「ああ、そうそう、それでね、昨日考えてみたんだよ、ベットの上に寝そべって目を閉じてね・・・まあ途中で寝ちゃったのだけどね」

色っぽいかい、ベットの上で考え事なんて、と妙にはしゃぐ男のことは黙殺しておいた。
話がなかなか進まない、腕時計に視線を落としたが、その時刻に軋識は眉をよせ、話の続きを促した。

「それで、答えは出たっちゃか」
「そう、それが問題でね、まあそんなの考えるまでもなかったって言うのが結論なわけだよ、アス」
「殺意で、衝動で片付いたってことっちゃか」
「ああ、それは違うよアス」

この野手、去年故障してなかったかい?またどうでもいいコメントを男ははさんだ。
またチャンネルを男は変える。
よほど猟奇的な事件だったのだろうか、まだその番組は殺人事件を報じていた。
繰り返し出てくる顔写真、述べられる動機。
加害者は・・・そうレポーターが発した言葉に、男は言葉をつないだ。


「もっとも基本的な理由に帰着したんだ、やっぱり僕達は・・・少なくとも僕はね、アス、家族の為に人を殺すんだよ」


「・・・それは、本当に基本的な、結論・・・ちゃ」
「そうだろう?僕達はホントに仲良しな家族だねぇ、アス、ほらテレビの馬鹿どもと違って、自分の為じゃなくて、そう家族の為に殺人を犯すんだよ?ああ、なんて美しいのだろうね、アス」
「・・・そうっちゃね」
「うふふ、敵は全て家族に害をなすものなんだよ、ああなんて簡潔で、美しい理由だろうね」


「ねえ、アス」


そこで初めて男はソファー越しに振り向いた。
親しみやすい笑顔を顔には浮かべている、しかしその目は笑っていなかった。

その目に、映っている自分はいつも、男の眼の中にいる自分とは違っている。
全身をブランド物で固めたスーツ。
麦藁帽子はその頭にはなく、ネクタイをしっかりと締めている。
よりによって、と軋識は歯噛みする。
何故、この男は今日、めったにこの家に来たりはしないくせに、何故。

「アス、でいいのかな、軋識、と呼ぶべきなのかな」
「・・・・・・」
「ああもしかしてもっと違う名前を持っているのかな」

零崎、とは違う名前を、持っているのかな。

少し、ほんの少しだけ男はさみしそうな表情を浮かべた。
何より家族に執着する男に取ってすればこれは裏切り、なのだろう。
言葉を発することもできず、ただ立ち尽くす自分に男は自分の表情の意味するところを悟ったのだろうか、またにこり、と愛想のいい笑みを浮かべた。

「おっと、双識さんはあれだよ?個人情報を詮索するような無粋な趣味は持っていないからね、安心してくれていいよ」
「・・・・・・」
「おいおい、アス、そんな他人行儀な顔をするなよ、僕と君の仲じゃないか」

だけれどね、そう男は目を細めた。

「ただ、警告はするよ」

男は立ち上がり、軋識の前に立った。
そして手を伸ばし、ネクタイに触れる。
特にまめもたこも傷もない奇麗な指で、軋識のネクタイの歪みをゆっくと正しながら、男は呟いた。

「君がどこに属していても構わないけれどね、零崎に敵対したその時はね、アス」


「零崎を、はじめるよ」



残酷に響いた声音に、自分はまさか、そう呟くことしかできず、うんうんと楽しそうに笑う男。
信用はしないけどその言葉、信頼はしておこうと男は楽しそうに言った。
そしてくるりと無防備に自分に背中をさらす男に、一瞬、力で押せば自分は勝てるのではないかと、そう一瞬だけ思った。
あの喉を絞めて、殺してしまえばと。
しかしそれすら男の牽制の中、この男を殺せば自分は一族から弾かれる。
誰よりも愛する家族から。
残酷な男だと、双識は残酷な男だと軋識は今更ながらに思った。
そしてこんな、こんな風に主導権を握り、緩い檻に自分を閉じ込めてしまうこの人物のことを、自分は慕っている事実にもうんざりする。
誰よりも自分に構う様に見せかけて、実のところはどの家族に対しても一定に、不変的に、自己犠牲に似た愛を注ぐ男を、その健気さを。
自分は慕っているのだから仕方がない。

「暴君」に注ぐ恋とか。
「家族」に注ぐ愛とか。
そういう感情とはまた違った感情を、持っているのだから仕様がない。

再び男はソファーに座り、テレビを見ている。
深刻そうなニュースはもうそこには映っていなく、お笑い芸人がくだらない話を展開していた。

「アス、今日は帰ってくるのかい?さっきの料理、君は食べたくないみたいだったけど、トキとか、人識くんも呼んでパーティとかどうだい」
「・・・・・・勝手にすればいいっちゃよ」
「そうかい、なら腕によりをかけて、それでもって部屋も飾っちゃってもいいかな」
「・・・・・・レンの好きなようにしていいっちゃ」

踵を返し、玄関へと向かう。
「愚神礼賛」は今日は手の中にない。
「零崎軋識」は存在せず、「式岸軋騎」がここにいる。
それでも。

「ああ、アス」

男は笑った。
そして言う。

「いってらっしゃい」

そう、男が知らない「自分」の方を向いて、それでも分け隔てなく笑顔を零すその男に。
軋識はただ、ああ、願わくばいつまでもこの男の隣の世界に、属していたいと。
たとえ、暴君の傍で仕事に従事していても。
家族の為に戦っていても。
願わくば、そう思う。






たとえ、この男にとって、自分が家族を逸脱しそうな、故に楔を打ち込んでおかねばならぬと判断されるような。
そんな危険因子であったとしても・・・。

END
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初、軋双!!笑
トキとレンのホテルでの会話を読んでから書きたかった話でした。
どちらかというと、軋識→双識です。
双識には人を愛するって概念がないといい。
全てが家族愛!
・・・報われない大将さんです。