intermezzo
    間奏曲





「ねえ西東ちゃん」

広いホテルの一室の高い革張りのソファーに、足を組みながら背を預けている男がふと、思いついたように声を発した。
手の中にはさっきまで飲んでいたワインではなく、狐の面がおさまっていた。
それを、男はゆっくりと撫でている、戦闘に特化した体つきではない、学者としての指で、壊れ物を扱う様に、慈しむように。

「なんだ、明楽」
「うん、ああ、少し飲み過ぎたかな」

そういうと架城明楽は立ち上がり、カーテンを引き、窓を開け放った。
傾れ込む風、それに男は目を細め、ひとつ伸びをした。
その拍子に、狐の面が手を離れ、絨毯の上に、落ちる。
男は気にした様子もなく、部屋を横切ると机の上にあったミネラルウォーターの栓をあけるとそれを再びラッパ飲みした。
一筋、透明な液体が男の顎を伝って落ちる。
その光景に、西東天はため息をひとつ吐く。

西東天は部屋になだれ込んでくる冷気に嫌気がさし、窓の存在を忘れ去っている様子の架城明楽を無視し、立ちあがり窓際に寄った。
窓を閉めた後、カーテンを閉じる前に、少しだけ外界を見下ろした。
この部屋は自分たちが一番気に入っている部屋である、ここら辺で一番高いホテルの最上階、そしてこの部屋は一番広い範囲の世界を見下ろせる。

窓の外には眠りへと向かっていく街があり、死んだ空がある。
世界は毎日死に絶える、そして生き帰る。
誰がそうしているのかはわからない、それでも美しく面白くつまらなく、下らない世界。
焦がれてやまない世界。
そしてそれを。
それをそれをこの手で。

「ねえ、西東ちゃん」

後ろから声がしたと思った瞬間、背中から腕が声がじっと、巻きついた。
僅か自分の耳もとで香る、高貴な葡萄酒の薫り。
ワントーン下がった、明楽の声。
そして、布の上からもわかる、貧弱そうな腕。
それらがからめ捕る様に、逃れられないようにそれは絞め殺すためにではなく、あたかも縛るように、拘束するように、西東天を包んだ。
そのまま肩口に顔を埋めた明楽にため息をつき、ふと眼を床にやれば狐の面が自分を見上げていた。
何もかもを見透かすように、それは、西東天を見つめていた。
そしてその不躾な視線はどこか、この面の所有者に似ている、と頭の片隅で思う。
飄々としている癖に、細めた双眸からは何も読み取らせずに。
なのに人を騙して自分の思うままにしてしまう。
そして騙されている当人は騙されているとも知らずに、己の欲望とすり替える。

元々、誰の欲望だっただろうか、自分のだったのだろうか、それとも親のか、以前に彼のか。
しかし西東天はすぐに思考することを辞めた。
どうでもいい、というのが結論だった。
譬え、初め、己の欲望でなかった所でなんだ、今自分の掲げる欲望は、それである、それ以外にない。

そこで、顔をあげ、右を向く。
すれば明楽と眼が合い、男は目を細める。
そして囁くように、続けた。

「ねえ、西東ちゃん」
「なんだ、明楽」

「世界の終わりを一緒に、見ようね」

西東ちゃんと世界の終わりを見るためにだったら、僕の全部をあげるからね。

何千何万と繰り返される睦言は。
それはまた一つとして西東天の脳髄に刻まれる。
優しく、柔らかく何万と繰り返される文言は、言うなれば洗脳なのだろう。
しかしそれすらも西東天はうといはしない。
譬えそれが狐に騙されているのだとしても、構わなかった。

ただ世界を終わらせるだけだ。
隣に、明楽を置いて、明楽と共に。
そしてその光景に、終わる瞬間に、笑えればそれでいい。
その為に存在全てを費やし、因果を断ち切り全てを捨て、全てを壊す。

「『世界の終わりを一緒に見ようね』ふん、当たり前だ、お前の使えない力全部を絞り取らせてもらう」

その言葉に、架城明楽は、楽しそうに嬉しそうに双眸を細めた。

「いいよ、西東ちゃん、僕の全ては君の物だよ」



足がもげても腕をなくしても、君に触れることができなくなっても、顔がなくなっても内臓をまき散らしても西東ちゃん、君の為だったら、僕は一向構わない。
世界を終わらせる君の為の手段なら厭わないよ。
そう嘯いて口付ける邪悪に。


「くだらねえ」


最悪は、笑った。

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邪悪×最悪。
邪悪が戦争の黒幕らしいので、そんな感じにしてみました。
架城さんの挿絵が欲しい!

material:NEO HIMEISM