イレン





(ああ、こうやってまた一つ命が消えていくのですね)

布団の中、外から聞こえる救急車のサイレンの音に舞織はぼんやりとそんなことを思考した。

真夜中のホテルの一室はただ静かに静謐な空気をたたえている。
狭いけれど、ベットが二つある、部屋。
そこで舞織は頭まで布団を深くかぶっていて、もう一人は自分に背を向けて眠っている。
舞織は街の遠くから響くサイレンの音に眠気を逃がされ、ゆっくりと体を起こした。
長袖の袖からは自分の手が出ていない。
それ故体を起こす作業はとても億劫だったがもう眠れそうにはなかった、ゆっくりとベットの上に体を起こす。
僅かにあいたカーテンから、眼下にある幹線道路を赤いランプが鋭い音を立てながら駆け抜けていくのが見える。
車もまばらな道路のなかで、必死に走っていくその車だけが何処か場違いで、滑稽だった。
夜を切り裂いて、あの車は死を運ぶ。
さすれば夜陰を切り裂くあのサイレンはさしずめ、手向け、というところだろうか、そう舞織は思った。
それは、手向けにしては随分と何とも情緒にかける、とも。

そして同時に思い出す死の影。
あれらはそんな無機質な餞すらなく死んだのだと、思い出した。
零崎双識。
早蕨兄弟。
昔の、家族。
あれらはどこかに回収されたのだろうか、生命の輪廻の中にか、単に土へと、人知れずか。

(うな、なんか寒くなってきました)

這い寄ると死と、寒気に、舞織は一人肩を抱く。
人を殺したことに特に後悔もなかった、あれは仕方がなかった、そしてたぶん自分の本質だった。
だから「やちー」を殺したことも、あの場所にあの人が居合わせたことも全部仕方がないことだとおもえる。
それでも。
染みついてはがれない、死の影には流石に閉口した。
きっと、暫くすればなれるのだとは思う、それでもつい一週間前までは普通の高校生だったのだ、紛れもなく。
殺し名の世界になれるには、まだ、新米な殺人鬼の舞織には難しかった。

(なんて逃げ腰なのは、無桐伊織、否、零崎舞織には相応しくないですけどねー)

そう思い、肘から先がない腕で何とか頬を打ち、気合いを入れ直す。
そして余った袖が頭をかすめ、失敗したと自嘲した、その時だった。

「あーなんだよ起きてんのか」

聞こえてきた声に振り返ると、寝ぼけた声で人識がこちらを向いていた。
それに驚き、それでも必死に舞織は笑顔を作る。
感傷に浸る姿は見せたくなかった、予てからこの人には沢山の面倒を不便をかけている、それ以外のことで心配をかけるようなことはできない。

「ちょっと人恋しくなっちゃっただけですよう」
「はーそうかよ」
「なんですか冷たいですね、センチメンタルな女の子にそんな態度をとっちゃ駄目ってお兄ちゃんに教わらなかったんですか」
「兄貴はなんやかんやでレディファーストじゃねえからな、紳士のやり方は教わってないぜ」
「うな!それは女の子の敵ですようー」
「ああ、俺もそう思う」

欠伸を噛み殺しながら答える人識に、舞織は微かに笑みを浮かべる。
その様子に、人識は苦々しく口を歪めた。
このまま視線を合わせていればぼろを出しそうだと思い、舞織は早々に窓の外へと視線をやる。
音は随分遠くなっている、しかし、まだ、遠くにサイレンのランプがちらついていた。

と、その時、布団の中にあるはずの足に外気が触れた。

「わわ」
「・・・なんだよ」
「なんだよじゃないですよう!何ナチュラルに女の子の布団の中入って来てるんですか!変態痴漢!」

みれば人識が、舞織の布団の中に入ってきている。
ひやりとした外気は一瞬で、人識は舞織の布団にもぐり込むとすぐに、ぴったりと布団をかぶり、暖気を逃がさないようにした。

「きいてるですか、人識くん」
「なんだよ、人恋しいっていったり、センチメンタルの放置プレイは犯罪だって言ったり」
「それとこれとは違う話ですよう」

そう抗議した瞬間、人識は手を伸ばし、舞織の服の襟を後ろに引っ張った。
当然両腕が使えない舞織はふみ留まる事が出来ず、力に従い、枕に頭から落下した。
蛙を潰したような声が思わず喉から漏れた舞織に、人識はかはは、と愉快そうに笑うと、舞織の髪を乱暴に撫でた。
そして、くるりと、背を向けてしまう。

「伊織ちゃん、もう寝るぜ」

そういい、背を向けたままあっさりと寝息を立て始めた人識に。
茫然としていた舞織はふと我に帰り、思わず笑みを零した。
そしてゆっくりと人識の背中に、額をくっつける。
布ごしであったがそれでも確かに伝わる熱に、舞織は己の心の緊張がほぐれるのが分かった。
そして、そうやって不安を解消しなくてはいけない自分に自嘲した。
まだまだ、自分は弱い。
この気まぐれな人識がいなくても、強く生きていける自信だってあったのに。
人識の素直じゃない優しさに縋らないと感傷一つ追い出すことができないのだ。
情けない、そう、舞織は思う。
そして同時に、この人がいてくれてよかったと、舞織は笑みを深くする。

ぼんやりと彼の温もりに睡魔が去来した時だった。
また、夜陰をサイレンの音が裂く。
舞織は鈍りかけた思考で、その音を辿りながら、その音が齎す死の影が何処か遠のいていることに気がつく。
さっき、足もとに這い寄った寒気が、温度を上げていることにも。
きっと、この人のおかげだと思いながら、舞織は一つのことを思い出した。

(そういえば、救急車は、別に死を運ぶのりものではなかったですね)

死に魅入られた人間が、この世の生を獲得し直すのにも。
新しい生の誕生にもあの車は立ち合っている。
それでも殺人鬼たちには無縁の乗り物であるらしいことは確かである。
双識はそのまま、出血多量で死んでしまったし、早蕨もあのまま死んでしまった。
舞織も、家族が殺されているのを見て、救急車を呼ぼうとは思わなかった。
一般人は殺人現場を見れば、警察より先に救急車を呼ぶだろうに。
修復不可能な命の破壊。
その輪廻に属す零崎一賊。
何時、何処で殺されるかも、不明瞭、ただ殺人の可能性は常に隣り合わせの、その集団。
失わない日常など存在しない、明滅を繰り返すその世界で、愚かな望みといえばそうである。

それでも。

(いつだって、海外に行くつもりだったのに、って愚痴ってる人識くんですけれど)

死の影に、せめて睡眠を阻害されないくらいに。

(救急車のサイレンが、もしかしたら誰かを救うための音だってくらいに)

お兄ちゃんの死の匂いに、早蕨の最期に、元家族の瓦解に、虚しさを感じないくらいに。

(そう思えるようになるくらいまで私が強くなるまでは、せめて)

真夜中に何かの生存とその温度を無性に感じたくなる衝動に襲われなくなるくらいに。




(傍にいて欲しいのですよ)



強くなれるまで、どうか、私を甘やかしてほしい、と。
舞織は、思う。



暗い夜に耳を凝らして。
そこに響くが命の消える音ではなく。
ささやかな命がふたつ、夜空の下で生きている音だけになったのを確認して。
舞織はそっと、瞼を閉じた。

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なにがなんだかわからない!(わたわた
自分の文才のなさに絶望した!
二人がにゃんにゃんしてたらそれで幸せです。