ささやかな幸せ









裁判資料をソファに座って読んでいる時だった。
ふと、隣に置いていた資料を取ろうと手を伸ばした時、つるりとした膝小僧が視界に入ってきた。

健康的に締まった足、日に適度に焼けた肌。傷一つないつるりと綺麗な膝小僧。
何事かと夕神は顔を上げる。すれば隣に座る少女が目に入る。
黄色を基調にしたファッション。同僚と上司と並ぶとまるで信号機。
それは、夕神の師匠の忘れ形見の少女―希月心音だった。
彼女は足をパタパタとしながら夕神のことを見上げている。

「月の字、いつの間に来てたんだ」
「月の字じゃありません、心音です」

王泥喜さんの裁判のお手伝いに来たら真っ黒な人がいたので。
そう、心音は笑った。それを夕神はどこか眩しい気持ちで目を眇める。

こんなに明るく笑う彼女を夕神は最近知った。
夕神の中の彼女はいつも俯いており、悲しそうな目をしていた。
そして、彼女に膝にはいつもばんそうこうが張ってあった。
世界から耳をふさぐようにして、俯きながら歩く彼女はよく転んだ。
その彼女の膝に、大丈夫だと言いながらばんそうこうを張るのが夕神の仕事だったのだ。
とぼとぼと、傷だらけの膝で歩く彼女にいつも夕神は悲しくなった。
そして祈ったのだった。彼女がいつか笑顔で、力強く歩けるように。
その綺麗な膝に、ばんそうこうを張らなくてもいい日が来るように。

そしてその願いはかなったのだと、夕神は思い知った。
彼女の膝には今や何の傷もない。
昔あんなに転んで擦りむいた跡もない。
真っ直ぐにどこまでも歩いて行ける両の足。
そうどこまでも、一緒に。

そんなことを考えていると、ぐい、と目を覗かれた。
そして彼女は怪訝そうに眉を顰める。

「何さっきから見ているんですかッ」
「ああ、わりい」

つい、な。

夕神がそういうと心音は一気に顔を真っ赤にして、そして視線をふいっと逸らせた。

「べ、別に夕神さんならいくらでも見てもらってもいいんですけど」
「あぁ?」

思っていない返しに、夕神は一瞬目を瞬いた。
そして、笑う。

「一丁前に色気づきやがって。百年早いんだよ、ココネ」






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