※穂積さんと局長の関係性を妄想した成果。 御剣が局長に対する恨み節を炸裂させないのはなぜかという妄想。 御剣の上との異常なまでの繋がりは売春行為の結果という捉え方です。 無理そうと思ったら引き返していただけると幸いです。 どうか神様、私のことをお導き下さい。 私がこの命を失うその瞬間まで。 Good-bye My Lord 「あ、そういえば検事、今日厳徒局長の判決でたっすよ」 御剣の好きな紅茶と須々木マコが持ってきた菓子を茶うけにし、膨大な調書を読み込みながら、明日の裁判について担当刑事の糸鋸に細部の確認を行っている最中、集中が切れたと思われる彼がふと、言葉をこぼした。 会議などが長引き、考えることを放棄するときの糸鋸の悪い癖だった。 御剣は糸鋸の言葉に一瞬眉根を寄せ、ため息と吐くと、調書を机の上に置き腕を組む。 「そういえば今日だったな。で、どうだったのだ」 「勿論有罪っすよ、あれだけ証拠もあったし、宝月検事も協力的っすし」 「そうか」 よかったっすね、と糸鋸は笑った。 柔らかい糸鋸の視線から逃げるように御剣は手元の資料に視線を落とす。 「よくなどない、私にとって今一番いいことは刑事、君が打ち合わせに集中し、さっさと帰ることなのだが」 御剣が矢継ぎ早に言葉を紡ぐと、糸鋸は困ったように眉根を寄せた。 そしてしぶしぶともう一度調書を手に取る。そんな糸鋸を横目に見ながら、御剣はああ、そうだと思いだしたように付け加える。 「あとで、裁判記録を持って来てはくれないだろうか」 「お安い御用っすよ」 調書の確認が終わり、糸鋸が資料室からコピーしてきた厳徒の裁判記録を置いて去ったあと、御剣はソファに座りながら記録をぱらぱらとめくった。 そこに記される担当検事と弁護士、そして裁判長のあたりさわりのないやり取り。 それに御剣は既視感を覚える。 証拠はしっかりと揃っている。事件の経緯も状況も克明だ。 しかしそれでもそこには一つ、欠落しているものがあった。 それは、彼がこの事件を引き起こしたその動機だった。 裁判の減刑のために、逆に罰を重くするためにかたられるはずのもの。それが彼の発言からはごっそりと欠落している。 感情の無い事実だけの羅列。きっと彼は何も語らなかったのだ。検事にも、誰にも。減刑もそんなもの厳徒には不必要なものでしかないのだ。 一通り目を通した後、御剣は記録を机の上に無造作に投げると、ソファにゆったりと背を預けた。 そして背もたれに頭を乗せて、真っ白な天井を見上げながら御剣は裁判記録に刻まれたかつての警察局長の姿を思い出す。 上下をオレンジで固めたファッション。 広い背中、厚い胸板。大きな手。 意地悪く自信ありげに歪められる口角。色のついたサングラスの向こう、楽しげに細められる双眸。低い声。 彼の姿にざわりと血管の中の血流がさざ波を立てるような感覚を覚え、御剣は深く息を吐いた。 『御剣ちゃん、組織は所属するものではないよ、使うものだ』 出世をしたいならば、厳徒の言うことを聞くことだ、御剣。 師に連れられて訪れた警察局長の部屋で厳徒は御剣に手を伸ばした。 黒い革の手袋で御剣の頬を撫でながら、楽しそうに彼は笑っていた。 『僕が武器を与えてあげる、だから御剣ちゃんは僕の言うことを聞くこと、いいね?』 温和な笑みの向こうで、爬虫類のような温度の無い瞳で彼は笑う。 厳徒の言葉に御剣がただ、頷くことで答えると、彼はサングラスの向こうの双眸をより満足そうに細めた。 思えばあの瞬間から御剣はあの男に絡め取られていたのだ。 厳徒は御剣の予定など関係なく、御剣と警察や検察の高官との密会を設定し続けた。御剣はそれに疑問を覚えることもなくただ盲従し続けた。 一切他言無用の密会。そこで繰り返される行為。しかし、それは御剣に確かに、そして確実に組織の力と、黒い噂を纏わせていった。 それでもそれ以上に、彼は御剣の体を抱いた。そして彼は誰よりも御剣を熟知し、高みへと導いたのだった。 『御剣ちゃん、御剣ちゃんは本当にいけない子だねえ』 彼に何回抱かれたかなんてもう既に思い出せない。 それくらいの回数、自分の体は彼に抱かれた。 時には彼の局長室で。 高級なホテルの一室で。 柔らかなベットの上で。 硬く重厚な机に押さえつけられて。 何度も。 御剣は今でも自分の体に回される彼の腕の太さも、その中にあるしなやかな筋肉の感触を思い出すことができる。 御剣の反応する場所を的確に、確実に探り当てる掌の感触も、その温度も明確に思い出せる。 耳元に寄せられる口。そこから零れ落ちるいつもよりも幾分低い官能的な声音。 それらに自分の肌にぞくぞくと鳥肌が立つ感覚すら御剣は今でも克明に思い出すことができるのだった。 厳徒には所帯を共にする妻はいなかった。そして御剣の知る限り、彼が御剣のほかに特定の人物と肉体関係を持っていたようなそぶりもなかった。 さすれば、さしずめ自分が彼にとって愛人のような存在なのかもしれない、そう当時の御剣は判断をし、どこかしら優越感を感じてすらいた。 しかし今思えば、彼の自分に対する執着は恋人や愛人に向けるそれとは性質を異にしていたことに御剣は気付く。 彼は一度として、御剣の名前を呼ばなかった。 大抵の男たちははじめに御剣が名乗った時、御剣の名に驚いたような表情を見せる。しかしそれははじめだけであり、そのあとは御剣のことを「怜侍くん」と親しげに呼んだ。 それでも彼らより数多く御剣を抱いた厳徒は一度だって御剣の名前を呼ぶことはなかった。 彼がその手で墜とした御剣の身体を弄びながら満足そうに目を細めていた彼はいつもその奥に暗い色を宿して御剣を見つめていた。 御剣を絶頂へと高めるときも、自身が彼の欲望を解放つときも。 そして何よりも。 御剣は手を、自分の肩口へと持って行った。 するりと上質な生地でできたスーツの下。右肩。 ベッドに、床に、机に押し倒されるとき、彼の腕は必要以上の力でそこを掴んだ。 ぎちぎちと彼の手を覆う黒い革が音を立て、御剣の骨が軋む。 しかし、痛みを訴えることも悲鳴を上げることさえも許されず、唇を噛んでその力を、痛みをやり過ごしていた。 時には赤い跡や、青い痣が残ってしまうことすらあった。なぜこんなにも力を加えられるのか。それを当時の御剣は知らなかった。 彼は基本的に暴力でもって他人を虐げるタイプの男ではなかった。あんなに頑強な体躯を持っていたが彼が行使するのは言葉の暴力。精神的な攻撃。それに終始していた。 それ故、余計にその暴力と言って差し支えない力を御剣は常々疑問に感じていた。 だが、その理由を、御剣は最近になって初めて知ったのだった。 あの暗い闇の底で。 撃ち放たれた一つの弾丸。 それが貫いた人。 それが壊したもの。 彼が本当に大切に思っていたもの。 それを傷つけた人物を。 闇の底にあった記憶が隠していたのは事件の真相だけではなかった。 尋常ではないほどの御剣への憎悪。 それらもすべて、すべて。 『御剣ちゃん、御剣ちゃんは本当にいけない子だねえ』 彼のあの中傷は、御剣の堕落しきった身体に対してでもなく。 同時に御剣の態度や、行為や反応の稚拙さに対して吐かれた言葉でもなかった。 御剣の犯した罪を断罪する言葉だった。 もっと言えば、御剣の名前を恨む彼の呪詛だったのだ。 「御剣」の名前を恨み、それを穢し、地の底へと落すための。 御剣は、ゆっくりと体の中の空気を吐き出す。 それでも、DL-6号事件の真相が暴かれ、厳徒が犯した過去と現在の事件を知っても、それによって彼の胸の内を窺い知ることができたような気になっても、御剣の中にいる「厳徒海慈」の存在感は微塵も揺るがなかった。 そして、自分の中に彼に対する恨みなどが湧いてくるわけでもなかった。 御剣の中にあるのは悲しみと、同情と、そして彼に対する慕情だけだ。 他人を恨み、恨んで、恨んで。 袋小路に迷い込んで孤独な牙城を作り上げた男は。 沢山の事実を歪め、自分の欲を満たすためだけに行動を起こし続けた男は、それでも御剣に沢山の力と、権力を齎した。 そんな男のことを御剣は尊敬していた。慕っていたのだ。 歪んだ形ではあったのだろう、それでも家族を亡くし、悪夢と何を信じていいのかわからないような孤独の中で彷徨っていた御剣にとって、厳徒は自分を構い、保護し、愛してくれた人物だったことに変わりはなかったのだから。 『いずれ、キミにもわかるよ。…かならず。たったヒトリでヤツらと戦うためには‥‥”何が必要なのか”をね』 御剣にとって絶対だった彼の言葉。 御剣の予定も行動原理も、目標も全て彼の言葉が絶対だった。 彼と師の言葉が絶対だったのだ。 (でも、厳徒局長。私は) それでも、御剣は厳徒から御剣に向けられた最後の言葉に初めて、背こうとしていた。 つい最近まで、彼と同じように自分はこの世界に一人きりだと思っていた。 それでも、今の御剣には冥がいる。糸鋸がいる。 真宵や、美雲もいる。 そして、成歩堂が、いる。 裁判の勝ち負けだけではなく、真実を見つけるために共に戦ってくれる仲間が。 (あなたと同じところにはいきません) 御剣は机から先程ケーキを食べるのに使ったフォークを取り上げた。 そして机のうえに広げられている二つの裁判の資料のうちの一つに印刷された被告人の顔に、御剣は勢いよく振り、深々とフォークを振り下ろした。 しかし、硬質な机にフォークは突き刺さる道理もなく、ただ紙を数枚貫いただけだった。 そこに、ぽたりと一つ水滴が落ちる。 印刷されたインクが溶け出し、滲んでいく彼の表情に御剣は表情を歪めた。 「さよなら、厳徒局長」 私の神様、ああ、どうかあなたを捨てる私を許してください。 同じ道を歩まない私をどうか許してください。 あなたのために祈らない私を、どうか。 どうか。 +++++++++++++++++++++++++ 御剣に異常に絡む厳徒局長と、それに恐れおののく御剣が可愛くて書きました。 何であんな怖い目にあって御剣が局長たちの悪口を言わないのかが不思議。 というのの理由づけです。御剣の生活は結構ただれていると個人的には萌える。 御剣に出会って総受けという概念を実感した来でありました。 material:Sky Ruins |