もしもなんて仮定に意味がないとはわかっているけれど




まるで御伽噺のような











面会だ、そういわれた瞬間、嫌な予感しかしなかった。
今自分はほとんど面会謝絶の状態であった。それは自分を殺しに来た人間たちから自分を守るという警察局と検事局の双方の合意に基づいている。
余罪が沢山ある自分を警察局と検事局はなんとしても殺すわけにはいかなかったのだ。
必然的に自分を担当する刑務官なども全て素性が調べられ、なり替わりなどが行われないように万全の管理が行われている。
そんな自分に面会できる相手は必然的に限られている。
つまり素性も何もかもがすべて明らかになっている人物で、絶対に自分に危害を加えないとわかっている人物。
そして警察局長と検事局長の審査をパスできる人物に。

看守に付き添われて連れられた先にはなるほど、想像していた通りの人物が座っていた。
目の前にはボイスレコーダーも筆記の用意もない。ただ純粋に自分に会いに来たのだとわかるその人物に、自分は大仰にため息をつく。
彼は口角を持ち上げ、囚人服に身を包んだ自分を迎えた。

「よう元気かィ」
「元気なわけがないだろう。刑務所の暮らしがどんなものかわからないキミでもあるまい。オシャレもできないし、正義も執行できない。何より飯がまずい」
「楽しんでいるようで何よりだ」

硝子の向こうに座っていたのはつい先日まで自分の側に座っていた囚人―夕神迅だった。
彼は現役の検事でありながら7年前の事件で、被害者を殺した容疑で投獄され、死刑判決を受けていた。
鋭い眼光に、口の悪さが災いし、検事や刑事、あまつさえ囚人たちにも恐れられていた彼ではあったが、それが自分の師匠の娘を護るために虚偽の供述をして罪をかぶり、三途の川を渡る一歩手前までいったのだというのだから全く以って人は見かけによらない。
そしてそんな彼の相棒刑事として1年間、反省を見せない彼を更生するために、そして監視するためのお目付け役としてつけられていたのが自分だった。
尤もそのせいで今、彼との立場が逆転することとなってしまったのだが。
重い手錠をじゃらりと鳴らしながら自分は硝子の前に置かれたパイプ椅子へと腰掛ける。

「で、なんの用なんだい、ユガミくん」
「なんでてめえがこのタイミングで今回の事件を起こしたのかその理由を知りたくなってねェ。ちいと仕事がてらてめえに会いにきたってこった」
「それはキミたちが暴いただろう、それは「正体がばれる」のが怖かったからだ。「亡霊」と誰かにばれるのが恐ろしかった。だから証拠を隠ぺいするために人を殺したのだよ」
「それは分かってらァ。だがな、それがすべてじゃねえだろう、と思ってな。あの弁護士よろしく「真実」を探りにきたって寸法さァ」

そういうと彼はにやりと笑った。
しかし眼は笑っていない。猛禽類のような鋭い眼光は味方の時であれば頼もしいが敵に回ると恐ろしさを通り越しておぞましい。

「まず第一にタイミング悪すぎらァ。俺の死刑が執行された後にあの宇宙センターで事件を起こすべきだったな。そうすれば7年前の事件とお前が結びつくこともなかっただろうぜ。それに仮に捕まったとしても、俺の死刑後に捕まってそこで希月教授殺しを供述すれば、それこそこの法曹界は完全に瓦解したはずだぜェ。お前とその背景の組織を追いかけていた御剣局長だって失脚させることもできたかもしれねえ。ロケットの発射日時の変更くらい、てめえの情報網があれば容易かっただろう」
「・・・・・・」
「そしてもう一つ。これはそもそも論だがなんでてめえは宇宙センターの中の人物になり変わらなかったんだィ。月の石の回収。それが目的ならわざわざ脅迫状を出して爆発未遂をして、人を殺す必要だってないだろう。てめえが「オッサン」としてあの事件現場に入らなければ成の字に付け入るすきだって与えなかったってえのに」
「・・・・・・」

「そこでお前さんに一つ質問だ、本当はこうなることを望んでいたんじゃねえのかい」

正体がばれる恐怖から。
始末されるかもしれないという強迫観念から。
もっと言えば「亡霊」という存在から解放されるために。
そのためにわざと「完璧」ではない、事件を引き起こしたのではないかと。
彼はそう、笑う。

「さあな、ユガミくん」

内心では彼の洞察力に舌を巻いていた。
彼の言う言葉は概ね正しかったからだった。
尤も、彼が話した仮定には実際に自分で突破をしようとして難しかったがために回避した事項が含まれていることも確かだったが、しかしそんな小さな矛盾や綻びに気付かない程に自分でも愚鈍ではなかったつもりだ。
そう確かに、自分は不完全な方法を取った。いうなれば、彼に捕まるために。
しかし、それを悟られるわけにはいかなかった。

彼に近づいたのは自己保身のためだった。
亡霊のヒントを掴んだ検事がいる。そしてその証拠は刑務所の中にある。
その知らせを聞いて、自分は慌てて「番轟三」という人物に扮し、警察に潜り込んだ。
そしてうまく警察組織に取り入り、目当ての人物に接触することができた。
格子の向こう側にいる、検事。
全てを黙秘し、従順に死刑宣告を受け入れている男。
どれだけ自暴自棄な男かと思えば、その男は目の下に暗い隈を刻んでいたが鋭い眼光で自分を射抜いた。
自分の運命を受け入れて、死を、目の前にしているというのになお。
後悔も何もなく、ただまっすぐに自分を正しいと信じている人間の目で。
自分を持たぬ自分という存在をまっすぐに射抜いた。
その瞬間、自分は確かに。
殺されるとしたらこの人間の手で殺されたいとそう思ったのだった。

しかし、そんなことを彼に言っても仕方がない。
ふうとゆっくりとため息を吐き、顔をあげた。
そこには相変わらず鋭い眼でまっすぐに自分を見つめる双眸がある。研ぎ澄まされた刃のように冴え冴えとしたまっすぐな視線だ。
この目に、自分は既に殺されている。
心を折られていたのだ。任務を忠実に遂行する人形な自分ではなく、本来の人格に宿る小さな何か感情のようなものを既に。
本懐だと、そう思う。
それでもそれを彼に押し付けられるほどに自分は悪党ではなかった。もう既に彼はあまりに多くのものを背負いすぎている。
充分だ。自分はたった一つの望みを彼にかなえてもらったのだから。
口角を片方、ぐいと持ち上げる。皮肉っぽいその表情はきっとあの刑事が持たないものだ。

「それはユガミくん、キミが救われたいという願望だ。キミは自分が信頼していた「番轟三」という人物を好意的に見たいだけだ。だがどうあがいても私はキミがずっと追い求めていたキミの師匠を殺した『亡霊』でしかないのだよ。もっともキミが「亡霊」の感情鑑定を彼女に依頼しなければ彼女は殺されることもなかったわけだけれどね。そういう意味では彼女が殺されるきっかけを作ってしまった自分に対しても君は言い訳をしたいだけだよ」
「・・・・・・」
「私に騙された罪、彼女を死に至らしめてしまった罪を君はこれからも背負い続けていきたまえ」
「は、ちげえねえ」

彼はそういうと酷くおかしそうに机を何度もたたき、笑った。
一通り笑い終わると彼は彼に似つかわないパイプ椅子から立ち上がる。

「なあ、『亡霊』さんよォ、地獄で待っていやがれ、今度こそ俺の刀の錆にしてやらァ」
「御免こうむりたいな」
「そうはいかねえな、俺の人生をめちゃめちゃにしてくれた責任は取ってもらうぜ」

そして踵を返すと揺るぎない足取りで面会室の扉へと歩を進める。
革靴が、かつかつとコンクリートを叩く。陣羽織が、ふわりと揺れる。
その姿に自分は目を細めた。

随分長く彼を見つめてきたような気がしている。
7年前の事件の時に全てを背負ったその時から。彼が亡霊の正体を掴む証拠を持っている可能性を知ったあの時から。
そしてこの1年間。
だがこれがきっと見納めなのだろう。両目にしっかりとその背中を焼き付け、瞼を閉じる。
そしてもう一度、目を開けた瞬間。扉に手をかけた彼が肩越しに振り返った。
彼の口角が持ち上がっている、そう思った瞬間、彼が自分を呼んだ。

「オッサン」
「なんだね、ユガミくん」


「楽しかったぜ」


そのまま、彼は自分の反応を見ることもなく、分厚い扉の向こうへと消えた。
ばたん。
全てを断絶するようにしまった扉の音に。
自分はただ呆然とすることしかできなかった。

「ははは、最後までキミは残酷だ、ユガミくん」

許されたくなどなかったのに。
断罪してくれればよかったのに。
いっそ恨んでくれた方が、ましだったのだろうに。


「もっとキミと居たかったと、思ってしまうじゃないか」


まるで人間のように。
今更に突きつけられた感情の重さに尊さに。
熱いものが自分の頬を伝うのを、感じていた。





例えばもっと早く。
貴方に出会うことができていれば。
あるいは共に生きることもできたのだろうか。


それは夢のような御伽噺。






material:Sky Ruins