『あ、矢張!流れ星!』
『え?どこどこ?』
『ム、もっと集中したまえ、キミのために私たちは付き合ってやっているのだぞ』






星空の亡骸で






「あ、流れ星!」

夜空を指させばそれにつられたように二人も空を仰いだ。
夜半の住宅街には人影はほとんどなく、点在する街灯の下を横切るのは三つの影だけだった。
仕事終わりに成歩堂と飲んでいて、ふと思いついて検事局に電話をしてみれば珍しく御剣も駆けつけてくれたのが一時間前。
時刻が23時を回ったのを合図に店を出たはいいが、七年ぶりの幼馴染との再会に帰るのが惜しくなり、コンビニで一人一本缶ビールを買って歩き始めたのがつい五分前。
矢張は足がふらついており、成歩堂は酒が強いから普段通り。御剣は仕事で疲れていたからかアルコールによって少し肌に赤みがさしており、いつも切れてしまうのではないかと思うくらいに鋭い眼光はすこし柔らかだった。

「そういえば、流星群がよく見えるとかそういう日ではなかっただろうか」

そして御剣の言葉に、機嫌がよくなった俺と成歩堂で明日仕事だといってごねる御剣を両側から引っ張って河川敷まで連れてきたのが今。
御剣は終始自分の不用意な発言に対してぶつぶつ文句を言っていたがそれでもついてきた。
広く大きな川は闇に沈んでおり、しかし、ゆらゆらと揺らめく水面は対岸の町の明かりをわずかに反射し、キラキラと光っていた。
時間が時間のためか、平日だったためか、はたまた御剣の発言が間違っていたのか土手にはほかにほとんど人はいなかった。
貸切状態の土手に、何故か気分が高揚する。
成歩堂と俺は土手に体を横たえながらぬるくなってきた缶ビールをちびちびと啜り、スーツが汚れると寝ころぶことだけは固辞し通した御剣はそれでも俺たちの隣に座って穏やかな表情で空を仰いでいた。
頭上には数えきれないほどの星。
三人並んで見上げる同じ夜空。三人で歩く同じ道。三人で同じ時間を共有する、その行為。
そんな状況が、小学校時代のあの半年を彷彿とさせて、一気に童心に帰るような気分になった。
夜中に家を抜け出して、降ってきそうな星空を見上げたこともあった。
確かあの時は自分に初恋の女の子ができて、恋の成就を願うために三人で流れ星を探しにいった。
夜中に家を抜け出して。
三人で暗い夜道を駆け抜けて、そうそれは今日のように。
後ろめたさとか、背徳感とか、しかしもっと言えば単純な好奇心と罪を犯すという興味で浮足立った気持ちすらも共有して。
最もあの時はもっと体は小さかったし、手の中にあったのは三人で割り勘して買ったポカリスエットとかそんなものだったのだけれど。

と、また目の前を流れ星が駆け抜ける。

「マユミと結婚できますように!マユミと結婚できますように!まゆみと…って、あー」
「残念だったな、ってかお前結婚する気あったんだ・・・」
「そりゃあお前!いつかは所帯もって可愛い娘育てたいじゃん!男の夢じゃん!」
「そういうもんかねー」
「娘が彼氏連れてきて、お父さん娘さんを僕に下さいとかいうやつの横っ面殴り倒してやりたいじゃん!」
「その前に、キミが殴り倒される番を経験しなくてはいけないのではないか」
「まず結婚してくれそうなこと付き合えよ、モデルばっかりじゃなくてさ」
「なんだと!?そりゃ成歩堂は周りに女の子いっぱいいますし?昔からおもてになられますから!ちなみちゃんとか!」
「ちょ!お前!その話はやめろよ」
「ちなみ?」
「そうなのよ、みつるぎ〜こいつすげえ痛い恋愛しててさ〜」
「痛いとかいうな!」

成歩堂は憮然として缶ビールを飲み干した。
拗ねる姿が、昔宿題を忘れて先生に怒られた時の彼の横顔と重なる。

「そういえば、夢と言えば小さいころの夢叶えた奴いねえな」
「小学校の話ではないか」
「そうだよ、小学校なんてスポーツ選手になりたいとか平気で言える年代だぞ」
「御剣は弁護士になるのだ!とか言ってたのにな、成歩堂が弁護士になってるし」

役者目指していたくせに、急にシホーシケン受けるとか言い出すんだもんな、びっくりしたぜ。
成歩堂は俺の言葉に、あーと言葉を濁す。 御剣は懐かしいと言わんばかりに静かに両目を細めた。多分、昔を回顧しているのだろう。確かに一度だけ見た彼の父親はおさな心にもかっこよかった。

「だが私は検事をやっていてよかったと思っている」
「そうなのか?」
「ああ、キミたちに再会できたからな」

御剣はそこで表情を緩めた。
そして缶ビールに口を付ける。御剣がビールというのもどこか似合わないがしかし、このポーズは照れ隠しなのだということくらいは自分にもわかった。
御剣は昔から素直ではなかった。ちょっと大人ぶって、自分の感情を周りに見せることはなかった。
しかし、いつからか、この三人でいるときだけ表情を崩すようになったような気がする。
今だって、ほかの小学校の同級生とあって話をしていても、御剣が笑ったところを見た記憶があるのは自分くらいなものだ。
やっぱり変わらないな、そう矢張は思う。
黒い疑惑の検事だって、いきなり弁護士になった役者志望の男だって、女のケツばっかり追い回しているフリーターだって。
普段いくら大人っぽく振る舞っていたとしても、いつだってあの時に戻れるのだ。
三人そろえば。
いままでだって、そしてこれからもきっと。

「お前シュショーなこともいえるのなー」
「ム、矢張がそんな難しい言葉をつかえるとは意外だったな」
「シツレイなやつだなー」

子供ならではのあらがえない圧倒的な力で離れた手は。
もう、こちらが望む限り離れたりしない。
そこが子供と大人の圧倒的な違いなのだから。
少なくとも、俺は離すつもりはない、なあ、お前たちもそうだろう?

「ム、流れ星、だ」
「すっと三人でいれますように、ずっと三人でいれますように、ずっと三人で…」
「あー残念だったな、矢張」
「ちぇ、まあ願掛けなんて必要ねえか」

言葉に、成歩堂は笑い、御剣はゆるく頷いた。

「よっしゃー!もう一回飲みなおすぞ!」
「明日も仕事なのだが」
「てかもう、店閉まってるぞ」
「いーじゃん、御剣の家とか絶対広いだろ?」
「ムム、うちに泊まるというのか」
「ん?誰か恋人でも連れ込んでるのか?」
「ム、そういうことはないが…」
「僕も明日仕事なんだけど」
「じゃあ成歩堂は帰れよ!俺は御剣とヨロシクやるから」
「な…!異議あり!僕だって御剣と積もる話がたくさんある」
「仕方があるまい、では明日の朝食を調達して帰るとするか」
「酒もな!」

今晩はこの友情の永続を。
こっそりの胸の中で祈ろうか。
星たちの残骸が飛び交う夜に。

まだ夜は明けない。












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幼馴染三人組って大好き!
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