※死ネタの上に政宗→元就要素が強いです。でも瀬戸内が大大大前提なおはなしです。
苦手な方は窓を閉じてください。



















なたには えない



「貴様らは失った目で何を見ておるのだ」

ふと、独り言の如く久々に吐き出された言葉に、政宗は庭に向けていた視線を室内に向けた。
男は相変わらず流麗な動きで筆を走らせている、さらさらと紙に黒い墨が吸い込まれて行くのが見えた。
端正な横顔に微塵も動揺の影もない。
さすればこの男は自分の存在を忘れ独り言を言ったのだろうか。
そう、政宗は思い、視線を再び庭へと落とす。
緑が色濃くなってきている、目に見える、季節の循環。
青くなっていく空、湿気と熱を含んでいく風、白く不透明さを増していく雲。
夏がもうすぐやってくるのが、見てとれる。
今年の奥州は水害にも冷害にも見舞われねばよいが、そう思った時だった。

「貴様には目だけでなく耳も付いておらぬのか」

凛とした、しかし、一段と不機嫌な時に発せられる音調の声が降ってくると同時に髪をつかまれ床に背中から引き倒された。
唐突の行為に反応しきれなく頭蓋から落ち、鈍い音が、頭蓋の中で響く。
痛みに顔をしかめ見上げれば、細い髪の向こう、酷く不機嫌そうな表情をしている男と目があう。
相当機嫌が悪いらしい、眉間に刻まれた皺の深さがいつもより深い。
立場を考えればこのような視線を向けられる覚えはない、しかしこの男にはその無礼ささえ指摘する気にはならない。
むしろ全力をもって視線を向けられていることを喜ぶ自分がいる。
性質が悪い、そう思いながら見つめていれば苦々しく、男は口を歪めた。

「どうなのだ、独眼竜、質問に答えよ」
「Ah〜まあ、少なくとも耳は聞こえてるぜ」

しかし珍しいこともあるものだと、政宗はまじまじと元就を見る。
何時も能面のように表情のない顔をしている男が、今日は少し違う。
はっきりと見えるわけではない、しかし僅かに揺れる感情に、ああ、暫くぶりに見た顔だと、少し思う。
さて、はたしていつ見たというのか。

横眼で空を窺えば高く透き通った空がある。
そこに薫る風、薫る、潮。
そこから喚起される、深い青。
そこに、よぎる影がある。

ああ、あいつが死んだのは、そういえばこの時期だったか。
そう、政宗は思った。

傲慢で快活な男だった。
どんなに厄介なことだろうが、どんなに規模の大きいものであろうがすべてその背に背負ってしまう男だった。
一部の躊躇いもなく、ただ実直に、手の届くものなら何でも拾い上げた。
何でも欲しいものは手に入れた、それを誰にも取られぬように隠していた。
その強さに、その潔さに、感じたのは憧れだったろうか、焦燥だったろうか、嫉妬だったろうか。

素早く体を起こすと、右手で元就の腕を掴み床に転がす。
そして傍らに膝を進めると、何か言おうとした元就より早く、政宗は腕を伸ばし、元就の右目を左手で塞いだ。
掌の下、彼の眼球が咄嗟のことに驚いたためだろうか、蠢くのが感じられた。
それを押さえつけるように、手に一層に力を込める。
空いた左眼は、不可解な政宗の行動に疑念を向けている。
そして、じっと、政宗を見上げていた。

「何か違う景色が見えるか、元就さん」

そういえば、元就は左眼を注意深く動かした。
暫く色々な物を視野にいれ、外し、また新しいものを視野に入れる作業を繰り返す。
そして、最終的に政宗に視線を戻し、目を伏せた。
その様に政宗は、笑みをこぼした。

「見えねえだろ、ただ視野が狭くなるだけだ、俺もあんたも視野は違えど、同じ景色を見てんだよ」




「元親も、あんたとおんなじ景色を見てたはずだぜ」




図星だったらしい。
男は酷く驚いた表情を浮かべ、そんな自分に気づいたようにそっぽを向いた。

「なあ、元就さんよ、そんなにあいつは、あんたの計算の外をいく男だったのか」

ため息を、一つ彼は政宗の下でついた。
そして眼球だけそっぽを向いたまま、彼は続ける。

「長曾我部だけでない、貴様も同じよ」
「俺もか」
「ああ、だから片目にしか見えぬ世界でもあるのかと、だから聞いてみただけだ」

しかし、そういうわけでもない様だな。

そう、感慨深げにつぶやいた男を、政宗は鼻で笑い飛ばす。

「ああ、俺もあいつも特別何か違うものを見ていたわけでもねえ、見えるわけでもねえ、ちゃんと元就さん、アンタと同じ世界が見えてる」

きっと、隻眼だったことに原因はない。
両眼だったとしても同じことが起きたのだと、そう言い聞かせる。
ただ考え方が違ったのだと。
守りに徹するあんたと、天下にでんとせん、俺達と。
ただ、天下にでんとした俺達が、偶然に隻眼だっただけだと、そう言い聞かせる。

政宗の言葉に、再び視線を戻していた男は、暫くじっと、政宗の独眼を見つめ、ひとつ、ため息をついた。
そして、小さく、そうかと呟く。
それなら我の思考の外をいこうと、我が気にすることではなかったのかと。
そう、納得したのだろう、あるいは問答に飽きたのかも知れない、自分の目を覆っていた政宗の手を払うと、体を起こし、部屋を横切って行った。

なにもなかったかのように、机につき、再び執務に戻った元就の背を見やりつつ、政宗は一つため息をついた。

本当は嘘をついた。
同じ世界を見ているわけではない。
嘘をついたのはあの男を、元就の思考から追い出さんとしたがためか、はたまた違う理由か。
どっちにしろ、政宗は苦笑いを浮かべるしかなかった。

見えなくなった眼に何の意味もない。
ただ、そうただ。
元就が天地がひっくりかえって全ての世の中の理が横転した先ではじめて目にする、いや、永遠に目にしえぬ事象が、ただ、自分たちに当たり前のものとして網膜に映った。
隻眼も両眼も関係がない。
元就が右目を潰されても、はたまた左目を潰されても目にしえぬ事象が。
ただ、見えた、それに心動かされたが故に、世界が流転したのだ。
故に、元就の見る世界と、自分たちが見る、あるいは見た世界には、確かに温度差が、ある。


片目にしか映らぬ視野の狭いその世界、そこに映るのはいつも。
強靭で、孤独でそれでも凛とした、しかしどこか悲しそうに世を果敢無む、智将の後ろ姿。
けして、その人の目に映ることのない、しかし確かに世界を流転させる、その姿。
折れそうなその姿を見たとき、守ってやろうと、そう思ったとき、たしかに世界は色を変えたのだ。
圧倒的明度と彩度で、たしかに。
そう、たしかに。



「まあ、あんたには、見えねえんだろうけどな」





このうつくしくざんこくなせかいは。
あなたのめにはいっしょううつらない。

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勢いに任せて政宗→元就。
お相手が政宗だった理由はないです、ただ片目だったからです。
片目だったら多分光秀でも半兵衛でもよかったんだよっていってみる。
むしろ、夏候惇とかでも全く問題なし。(お前!
ていうかまず私、元親殺し過ぎ。笑