※漫画版戦国BASARA2の二巻をリスペクト 融 解温度 「喧嘩は楽しいけど戦なんて虚しいだけだぜ」 ふと、夢の挟間に落ちてきた声に幸村は唐突に目を覚ました。 勢いよく体を起こし、辺りを見回すが人影はない、障子の向こうからも光は全く差しておらず、まだ夜半であった。 勿論人の気配もない、幸村はまだ覚醒しきらぬ頭で思考を結ぶ。 そしてあの言葉を吐いた主を、思い出した。 先日戦場でまみえた、風来坊前田慶次。 剛毅な性格と、あの強靭な肉体、そして繰り出される技の数々は確かに噂にたがわぬ豪勇ぶりであった。 しかし幸村の記憶に喚起されるのは彼の男の豪勇さではなかった。 それはあの時に、彼と交わした会話であった。 前田慶次は己と住む場所を異にしている。 己は武田の家に仕え、それに従って戦い死ぬのを定めとしていた。 それは守るための死である、命の摩耗である。 決してそれは哀しいことでも何でもない、寧ろ誉れであった。 しかし前田慶次の生き方はそうではない。 前田に居るとはいえ、前田を護るために戦うでもなければ、前田が仕える織田の為に戦うでもない。 彼の男は生を生き、楽しむために生命を燃やす。 それは喧嘩だったり、女たちを追い回すことだったり、馬でかけることだったりするのだろう。 幸村はそのような生き方を羨ましいと思ったことは一度もない。 否、そのような概念すら幸村の中には内在していなかった。 幸村の生きる世界に必要なのは親愛の情と臣下の礼であり、敵に対する情けと、礼儀であった。 それ以上の関係性など不必要だと考えていた、抱く必要すらないのだと。 「なんだ、アンタ恋したことないのかい」 そう思っていたのに。 幸村は強く強く耳を塞いだ。 外界の音全てを断ち切るかの如くに。 しかし彼の男の言葉が刻まれているのは脳髄の中である。 意味がなかった、彼は悠然と続ける。 「恋はいいもんだぜ」 きらきらとした豪勢な髪飾りが揺れる。 笑顔で、どこか楽しそうに武器を振り回しながら。 その光景、その言葉にぎしぎしと、心が軋んだ。 「胸が熱くって苦しくって ドキドキして 眠れなくてさ」 己を鼓舞するように武器を揮う自分に、男は悠然と口角を持ち上げながら、はっきりと通る声で続ける。 切り裂くようにくっきりとした声で、喚起されたある人物の後ろ姿。 そこに重ねる感情。 熱く熱がこみ上げたのは戦で刃をまじえているからだけでないことは、幸村も気付いていた。 目の前に居る男とは別に、網膜に映った後ろ姿に。 「佐助」 絞り出すように、名前を呼んだ。 しかし、普段なら名前を呼べば、飄々と笑ってそれを返す人も、いない。 それもその筈だった、今佐助は信玄の命により、遠方へと出向いている。 危険な任務なのかも、どこの国いっているのかも、幸村は知らなかった。 忍びは笑う、俺の価値はどれだけ旦那の役に立って死ぬかだから、と。 そういって、死地に立つ事さえ厭わぬ彼に、胸が痛むのを実感したのは何時だったか。 戦場で、常に自分を気にかけて、戦ってくれるその姿に守ってくれるその背に、胸が熱くなるのを感じたのは何時だったか。 時折酷く穏やかに笑う姿に、心拍が上がるのを自覚したのは。 死ぬかもしれぬと信玄に告げられた任務に笑顔で向かった夜、失うのではないかと恐れて一睡もできなかったのは何時の夜だったか。 他の忍びには感じぬ、その想いに、色をつけたのが、前田慶次その人だった。 「前田殿なんて」 嫌いだ、と思った。 あの自由な生き方も、感情を全てそのままに表すところも。 言いたいことははっきりと口にすることもできることも。 そうすれば、気付かずにすんだのだ。 あの男が死んでも、その時胸が痛んでも、忍びが定め、仕様がないと、割り切ることが出来た。 死んでいった数多い家臣の一人として、弔って、いつかは忘れてしまうことだってできた。 それなのに。 ぎり、と奥歯を噛みしめ、もっと強く耳を塞いだ。 忘れてしまいたかった、そうでないと自分はあの忍びを死なせてやることができそうにない。 彼の生きる意味は、価値は己の仕える人間の役に立って死ぬことだ。 それは昔から変わらない、変わらない彼の生き様だ。 この自分の醜い感情で、それを阻止してはいけない。 忘れなくてはいけない。 共にありたいなどと子供じみた願いなど。 「佐助」 届かぬとわかっていた、それでも呼ぶ。 今ならば、あの男を恋しく思って名を呼んでもその名に潜む感情に気付くものはいない。 忘れなくてはいけない、わかっている、でもどうか、今だけは。 「佐助・・・ッ」 暗闇の粘度と共に押し寄せる記憶と思いに。 はやく夜が明ければいいと五感を閉じ、夜明けを待つ。 蟠りも全て夜の凍った温度と共に太陽が溶かしてくれることを祈って。 +++++++++++++ 子供の恋愛みたい。笑 寧ろ真田主従はこういうことにうとくって子供みたいなのもいいかなって思います。 そして慶幸について本気出して考えてみたら多分、これが根底にないと書けないなって感じたので。笑 慶次がまた幸村にとっての太陽になるんですよきっと。 佐助と幸村の話はきっといつも袋小路でぐるぐるする話になるんだろうなって予感がします。 でもそういうのが大好きです。(・・・ |