(ああ、またはじまったよ)

合戦場が一望できる高い木の上で、相変わらず硝煙が上がりつづけ、少し離れたここまで人々の咆哮と悲鳴と悲鳴が混じって響く光景を、佐助は見下ろしながらため息をひとつついた。
そういう佐助の体にも人々の返り血がべったりとこびり付いてい、それは忍びとしては相応しくない、その様相を呈している。
人より優れている嗅覚もべたりと染みついた酸化した血の匂いでどうも馬鹿になっているらしい。
このように濃い匂いを引きずっていれば他の忍びにも見つかる可能性は十分にあった。
しかし今宵は、特にそのことにも頓着がない。
忍び失格だね、そう一人ごちながら。

天頂には白い光がぼんやりと浮かんでいた。
そこに浮かび上がる自身の体を、手を、佐助はじっと見た。
青白い光の中でも、闇に深く陰影が刻まれたその体は、赤い。
それを見、佐助は僅かに声を出して笑った。
嘗ての言葉を、思い出したのだ。

(本当に、旦那は、凄い人だよ)

戦忍びとして、武田に雇われたのはもう何年昔だっただろうか。
そのころから武田お抱えの忍隊の中で頭角を現していた佐助はしょっちゅう、戦にも駆り出されていた。
血が、嫌いだった。
忍びとして、それは覚悟ができてなかったわけではない、それでも酸化した匂いと、生臭さと、その色が何よりも嫌いだった。
草としての仕事であれば殺す人数はそう多くはなかったが、戦に駆り出されればその数は三桁を超すこともしばしばだった。
返り血のついた衣類と鼻に染み付く死の匂い、洗っても落とせぬ穢れに嫌悪だけが募っていく。
その時にであったのが、真田幸村、そのひとであった。

最前線での先鋒を務める真田幸村に同行を命じられたとき、佐助は膨大な人数の人間を殺した。
それは、相当の仕事をこなしても疲れ一つを感じない腕が、手が、痺れて感覚が薄くなるほどに。
築き上げた死骸の山と、血に濡れ、たち尽くす自分。
そこに現れた真田幸村は、笑ったのだ。

「揃いだな、佐助」

声に振り返ると、佐助同様にもともと赤い鎧全てをより赤く染めた
男が笑顔を浮かべて、そこにいた。
そこにあった爛漫とした笑顔に毒気を抜かれ、武器を思わず取り落としてしまったのも。

(揃いだな、じゃないでしょうが、旦那)

その時のことを思い出す度に呆れて佐助は笑ってしまう。
それと同時に感謝をするのだ、あの時からだろう、自分が人を殺し、穢れて行くのに嫌悪を抱かなくなったのは。
だから、あれからあの男と先鋒を務めるときは、返り血にも頓着しないようになった。
勿論、忍びとしてそこに注意を払わない訳ではけしてないのだが。

ひとつ伸びをして、佐助は木の下に転がっている十数の死体を見やった。
地面が黒く色ずいているのは影のせいではない、確実に頸動脈を深く切り裂いて殺したことによって染み込んだ血の色だ。
血の匂いを引きずった佐助を狙った他の軍の忍び達である。
かすがあたりは、そんなさすけに呆れ、蔑むような視線を寄こすことだろう、いや、謙信のために自身を血で汚すことも厭わない女だ、蔑みつつも心の中では同意するのかも知れない。
愚かなのは重々承知。


「さあて、そろそろ働いてきますかね」


どうせ乱世を生き抜けたとしても、終われば、不要となるこの命。
さすれば今はただあの人の隣で、同じものを目指し、同じものを見、同じ色に染まるも一興だろう。
そう、佐助は思う。
故に振るう、この命。



「猿飛佐助、見参ってね」


紅の人達



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なんか、面白い佐助になった。笑
もう少し、男前だといいな。
へたれ×ツンデレ、へたれ×変態好きな私としては、男前×男前という新たな境地を模索中。そんな幸佐幸。