「貴方は美しい男ですね」

戦場の真ん中、硝煙と血の匂いが鼻につく場所で、まるで花畑に居るかのように幽鬼のような男はその口角を持ち上げる。
その白い髪にも、装束にも、常人が扱うには大きすぎる対の鎌にもべったりと血がこびりついている。
そしてそれは、六爪を男に向ける政宗も同様であった。

「羨ましい限りです」

そういうと、男は一層に笑みを模る。
しかしけだるそうなその姿に本当に羨望として自分が映っているかは定かではなかった。
それ程にこの男からは感情の起伏が読み取れない。
いや、寧ろ感情というものが存在するかも疑問だった。
この男は衝動で人を殺す。

「ha!何が美しい男だ、お前も俺も血塗れじゃねえか、それともあんたは血に塗れている男が好きなのかい」
「可笑しな人ですね、私は男の容姿を見て美しいとか言うような人間じゃないですよ」

刀を握る手が、血で滑っている。
それでもそれを離せなかった。
相手は隙だらけなのに、一瞬でも気を緩めたら死が迫るような錯覚にとらわれている。
政宗の葛藤など意も解せぬ、そのように悠然と死神は微笑んだ。
美しい男なのだろう、しかしそのような印象を一切与えないが如くに次元を異にする雰囲気を男は纏っている。
毅然と、政宗は息を抜き、もう一度六爪を構えなおす。
そんな政宗を見、男は政宗の手元を指差した。
しっかりと、離れぬように握りしめられた六爪の刀を。

「貴方は何のために、その刀を握っているんですか」

そういうと死神は首を傾げて見せた。
銀糸が夜空に散り、光をばらまく。
その様子に戦慄を覚えた政宗は乾く喉を唾液を無理矢理嚥下することで潤し、自身を鼓舞する為に声を上げた。

「ha!そんなの決まってる、伊達の人間を護るためだ」
「そうでしょう、それが美しいのです」

「独眼竜、人が力を行使するのは二つの理由しかないのです、一つは守るため、一つは手に入れるためです」
「何かを手に入れるために使われる力は汚れているのですよ、それを理由に力を行使するのはもはや狂人です、信長公も、秀吉も、既に狂人、人に非ず、ですよ、だから」

壊したくなるんです。

そういうのと大振りな鎌が振るわれたのは同時だった。
金属の触れあう鈍い音がしたと思ったと同時に、政宗の手の中にあった六の爪は宙に舞っている。
急ぎ近くに倒れていた兵士の刀を取ろうと思う、しかし今の一撃で手が麻痺をし、動きそうにない。
筆頭、政宗様、そう次々に声をかけてくる部下を離れていろ、と一喝する。
さすれば死神は満足そうに微笑み、片方の鎌を地面に落とし、もう片方を政宗の喉元に突きつけたまま、静かに歩み寄ってくる。
びりびりとした殺気と狂気に指先が震えそうになるのを、奥歯を噛み、抑え込む。

「ねえ、独眼竜、今日は見逃して差し上げましょう」

ですが。
ひやりとした手が政宗の頬に触れた。
それは魂を品定めをするように、滑らかに動く。
そして、顔を寄せられ、囁かれた。
それは今まで軽口をたたくように会話をしていた男からは想像できぬほどに低い調子だった。

「もし、貴方が汚れてしまったら、殺しに来ますから」

そういってあっさりと踵を返した死神を。
政宗は呼びとめることも追撃することもできず、ただ夜陰へと溶けていく様子を見届けることしかできない。

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(もう、忘れたのかもしれねえが)

そう、政宗は自室に小さくまるまって寝ている男を見下ろしながら、苦笑した。
あの男と初めて刃を交えたのかはもう記憶から埋没されている。
しかし判っているのはこの男があの時から全くといって程に変化を遂げていないところにある。
故にこの男は言葉を忘れていても、そうと判断したらまったくの躊躇もなく、政宗を引き裂くだろうことを政宗は知っている。
待っているのだろう、そう政宗は思っている。
魔王を殺し生きる目的を失った絶望の中、光秀が生きているのは単に待っているからだろうと政宗は思っている。
いつ、落ちてくるかもわからぬ伊達政宗という男の魂を、その白が黒に転ずる瞬間を、この男は待っている。
さすればずっと待たせてやろう、そう政宗は思う。
その限りこの男は傍に居、この魂を品定めし続けるのだろうから。

(ずっとその絶望の中で待っていろ、明智光秀)





い森で私を待つ淋しい男