自分にとって太陽はときかれればたぶんそれはただ天頂に座し世界を焼くそれであろうと思う。
しかしそれが何か意味をもつかと言えば否。
世界に生きる全てのものを生かすその光は、死神とすら呼ばれる自分にはどこか無縁のような気がした。
木々を、花を、生かすその光。
確かな明度をもって生きとし生ける物の体内環境を形作る、それ。
そして、世界を認識する、色という概念を作り出すのも、それ。
故に夜半の世界は色を失う。
そしてそこに座するは漆黒の世界。




色刷りの二元世界





色が、増えた。

誰もいない室で一人ごちる。
新月の晩の外は暗く、闇である、明度も彩度も極端に落下した世界がそこにはある。
吹き込む風は徐々に夏を色濃く反映するが、流石に日の落ちた世界ではどこかまだ肌寒い。
去年から出しっぱなしなのだろうか、それともこの部屋の主が夏を待ちきれないのか、ぶら下がった風鈴が時折ちりんと、音を立てる。
それ以外には音もなければ色もない。
ただ静寂の満ちた部屋で、体をいつものように横たえたまま、ぼんやりとしていた。
呟きに対する返答は、ない、もちろん光秀自身もそのようなものは必要とはしていなかった。
かと言って思考を整理するために吐いた言葉でもない、ただ口が開いていたから、そのついでに吐いてしまった、そんな意識だった。

いつからでしょう、か。

再びのひとりごとは、静寂に静かに飲みこまれ、風鈴が呼応するかのように、ちりんと、なる。
それに、光秀は少し口角を持ち上げた。

光秀の世界に必要な色は多くは赤と黒である。
ひとつは、闇の色。
ひとつは、血の色。
かつて光秀の眼に映る世界は極彩色であった筈だったが、しかし、その色の多くは、一人の男によって完全に塗り潰されてしまった。
赤と黒の、二元的世界。
平和を望み涙を流す人間を赤で染め塗りつぶし、向かってくるものは闇へと還元する。
実際その色しかこの世界に必要はなかった。
個人の区別など、光秀にとってはどうでもいいものでしかない。
血を流していないものを斬れば、血を流しているものはふみつければそれでいいと教わった。
そして、その男は赤いマントを纏っていたから他の色を認識せずともすべてに用が足りたのだ。
故に成立した二元世界。
その世界はあの男を殺した後も崩壊せずに確かにここにあったはずなのに。

嗚呼、いつから、いつから私の世界は。

初めは他のものと区別の必要もない存在だった、仇なせば殺すべき存在だった、この部屋の主が。
いつから、赤と黒の世界で唯一色をもつ存在になったのだろうか。
世界が再構築されたわけでもなく、ただ唐突に、彼だけがいつの間にか色をつけられた。

赤と黒の世界で、唯一の青。

その理由を光秀は知らない。
何かの感情がなす技かもしれぬが特に何か特別な感情があるかと言われれば首を縦に振れはしない。
所詮は死神、人間が抱く感情など、理解の範疇にはない。

ぼんやりとそこまで考えたところで光秀は思考を放棄した。
結局結論は出ないのだろう、さすれば無駄な労働をする必要もない、その分の余力は獲物が目の前に現れた時の殺意に還元した方が有用であろう。
しかしまっすぐな殺意を彼に抱いているかと言われれば否、あんなに魔王に対しては抑えきれぬほどの殺意を抱いていたというのに。

「何かおかしいですね」

深くため息を抜く。
と、後ろの襖の方から足音がした。
軍議だとか言っていたそれが終わったのだろうか、そう思った瞬間襖が勢いよく開けられた。
小気味よい音が静寂に一瞬刃をいれ、僅かに余韻を引きずり、消える。

「なーにがおかしいって?」

声がした方に視線を向ければ、まさしく件の男、独眼竜がそこにはいる。
緩い風に乱された髪、影になっているがいつものように自信を持ってゆがめられた頬。
腕を組んで堂々としている彼がきているのはいつもの着物である。
それは太陽の光のもとで見れば確かに青なのだろう、しかし太陽が出ていないこの闇に制圧された世界では全てが、黒に彩られている。
ああ、世界は正常だ、光秀は少し、安堵した。
特に変化を厭う光秀ではなったが、やはり理解できぬものは好まない。
定義されぬ世界よりは、失った男が残した崩壊しかけた、しかしまだ存在する世界の方がいくらか安定感があるように思う。

一国の主とはいえ、まだどこか所作には幼いところがある、否勢いがあるというべきだろうか、特に気にした風もなく、足音荒く歩み寄ってくる。
そして光秀の傍まで来るとそこに胡坐をかいて座り込み、光秀に顔を寄せた。
至近距離であった独眼の奥は楽しそうに光っている。

「Alwaysでcrazyなお前がおかしいなんてな、笑えるぜ」
「ごきげんよう、政宗公、今宵も上機嫌そうですね、なによりですよ」
「お前も相変わらず機嫌良さそうだぜ、なんかいいことでもあったのか?」

「いえいえ、只、新月の晩は、乙なものだと、そう思っていただけですよ」

光秀がそう言い口角を持ち上げると政宗は面食らったような顔をし、外へと視線を向けた。
そして漆黒の庭先を見、ただ不気味なだけじゃねえか、と小さく漏らした。
その拗ねるような物言いに、光秀は小さく笑ってやった。


「私、太陽に照らされた貴方が、嫌いなんです」


(貴方が色をもつ、太陽の下が)
(世界が変容したような気がして足場が不安定になるその瞬間が)

そう呟いた光秀に、政宗は一瞬怪訝そうな表情を向け、理由を問うこともせずまた庭を見やる。
そして、この男に理由など論理的なものを求めても感覚でかわされてしまうに違いないと踏んだのだろう、政宗はただ。
そうか、とだけ呟いた。

その影も太陽の照らさぬ世界では縫いとめられたように漆黒で。
しかし、漆黒なだけの彼もどこか物足りなく、どこか太陽が出ていればと思う自分も確かに居。
いっそ太陽がこの世界になければ、何も考えずに済んだのではないかとすら、思った。




地平に埋蔵された太陽が発掘されるまでの間の仮初の闇に沈む、竜の、色。

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感傷的光秀。
光秀さんは政宗くんのこと好きなんでしょうが好きって言う感情は認識できないといいと思います個人的見解。