織田ファミリー総出演です。笑
うちの光秀は濃姫と信長を大切にしてます。
光秀が濃姫に対して感じてるのは恋愛感情ではないです。
信長は蘭丸を息子みたいに可愛がってます。
あとあんまり独眼竜がでてきませんが御愛嬌で。
どちらかというと光→政風味。





揚羽


白い蝶が舞っていた。
    ひらりひらり。
薫風に乗せられて。
          ひらりひらり。
  紋白蝶が、舞う。
忘れていた過去、繋がる現在と過去。
感傷に浸るとは珍しい、そう思い、静かに目を閉じる。

ひらひらと蒼天の下、蝶が舞う。
白い羽を健気に上下に動かし、微風にすら煽られながらそれは庭を彷徨う。
しかしその姿にはどこか凛としたものがあり、迷子のような悲壮感はその動きから感じることはできない。
人間の存在を無視するかのように、否、最初から存在すらしていないかのようにそれは目の前で閃き、花に止まる。
その動きは見飽きることはない。
少年は手にしていた木刀をゆっくりと地面に置くと、縁側に座り、その動きに注視した。
赤い花にも黄色い花にもそれは美しく映え、日光の下はさながら蝶の舞台のようだと目を細め少年は見つめる。
と、もうひとつ、ひらり。
赤い花に止まっていた蝶に絡むように、もうひとつ、蝶が現れる。
同様に四枚の羽根を動かし風にあおられそれは飛ぶ。
暫く縺れ合う様に飛んだ後、それぞれ赤い花と黄色い花に止まる。
ゆっくりと羽根を動かし、蜜でも吸っているのか飛び立つこともしない。
しばらくじっとしていると、少女が現れた。
黒い美しい髪をまだ不器用な手が纏めたのだろうか所々ほつれたそれを風に靡かせながら小走りで、そして静かに。
ゆっくりと近づくと小さく白い美しい手を蝶の方に向ける。
そしてその小さな手で蝶を捕まえようとした。

「あ」

蝶はひらり、手を抜け空へと舞いがった。
そしてまた縺れる様にして庭から去っていく。
その姿をぼんやりと見ていると少女は黒く美しい目を細め、眉をよせ、怒っている表情を作った。

「桃丸が声を出すから」
「帰蝶が捕まえようなんてするからですよ」

奇麗だったのに。
そう呟けばだから捕まえたかったのではないの、そう少女は口を尖らす。
少女は白い、何も捕まえることのできなかった掌をまじまじと見つめ、そしてゆっくりと少年に視線を向けた。
さっきまでの怒った表情はそこにはなく、ただ真剣だった。

「ねえ、桃丸」
「なんですか」
「私、蝶が欲しかったのよ、桃丸、なのにあなたが邪魔をするんですもの」
「それはすいません、帰蝶、何か償いをいたしましょうか」
「それでは桃丸、次私が欲しいと思ったものを、ちゃんと私に頂戴」

そういうと少女は、歳不相応な妖艶な笑みを浮かべて見せた。






白い紋白蝶の片割れは黒い揚羽に姿を変える。






じっと手を見つめるかつて桃丸と呼ばれた少年は既に少年の歳の域を脱している。
何を将来つかもうか、そう希望をすら思案させたその手はひどく汚れている。
赤黒い血で、そして人々の阿鼻叫喚で。
それに嫌悪感を感じたかつてはもうとうに過去にあり、ただ今それは命を絶つ快感に変わっている。
ただ、必要とされた、求められた、だから殺した。
それがいつしか快感へと変わり、今は人々の断末魔も、切る感触もそれを助長するだけとなっていた。

「光秀」

君主の前だというのに光秀はべったりと血に染められた顔を隠そうともせず、声のほうに顔を向ける。
戦場に立つその大柄な男は鋭い眼光で光秀のことを見つめている。
全身を酸化した赤で染め、周囲にはこれでもかという様に残酷に切り刻まれた死体が散乱し、それは光秀の異常な一面を如実に示す。
それに臆することもなく、さながらそれらが秋の地面を染める落ち葉だと言わんばかりに男は踏み拉いた。
日に沈む夕日が余計にその場の赤さを、そして残酷な光景を助長する。

「ああ、信長公、ちゃんと殺しておきましたよ、貴方の天下を狙う不届き者は」
「御苦労であった光秀、戻るぞ」
「はい、信長公」

一歩後ろを行く。
何故だかわからない、光秀はこの男のためではなかったら自分をこのように修羅へと貶めはしなかっただろうという確信がある。
逆にこの男のためならばどこまで落ちてもかまわないという気持ちもある。
同時にこの男を切り刻んでしまいたいという気持ちもある。
認められるために、視線を寄こされるために、そして殺すために、傍にいる。
その気持ちをなんというのか、光秀は知らない。

「信長様」

馬のところまで行けば同様に全身を血に染めた少年が笑顔を男に向けた。
その傍らには姫が佇んでいる。
奇麗な黒髪を高く結いあげ、それは幼少時代のとは見違えるほどに洗練されている。
少年はいつもの傲慢さをそのままに、爛漫とした笑顔で臆すことなく一歩男の方手と足を踏み出し、微笑んだ。

「信長様、変態に大将は取られてしまいましたけど他の武将はこの蘭丸が」
「御苦労であったな、丸、貴様にも褒美を使わそう」
「は、ありがたき幸せでございまする」

男は少年の頭をぐしゃりと乱雑に一度撫でた。
そしてちょうど顔をあげたとき、姫と一瞬視線が絡んだようだ、姫は唇を小さく開き懸命に言葉を探そうとする。
しかしその唇が声を発する前に男は踵を返し、馬へと向かった。
その後ろを楽しそうに少年が駆けていく。
夕日に照らされた戦場、男に懐くように傍を歩き、少年の言葉に反応を見せる男。
その姿を姫はじっと見つめている。
夕日に照らされた表情、光秀の隣で姫はぎゅうと唇を噛んだ。

「帰蝶、貴方はこんなところに来なくてもいいのですよ?」
「光秀」
「何でしょう、帰蝶」
「私はあのお方の妻なのに」
「・・・」

「ねえ、光秀、あの方は如何すれば私を愛してくださるかしら」
「さあ、どうでしょうね」
「あのお方のお役に立てねば愛してはくださらぬのかしら」
「帰蝶」

一瞬強張った光秀の声に姫は一瞬怯えたように口を噤み、しかし静かに笑った。
それは諦めたような笑みで、それ以上の言及を許さぬ色がある。

「ねえ、光秀、貴方はあの幼い時の約束を覚えているかしら」
「ええ、帰蝶、覚えていますよ」

「それならば光秀、私はあのお方が欲しい、だから」

そういうと姫は、冷たく笑う。


「銃を二丁、用意なさい」






そして追う様に、もうひとつも。






「光秀、とても、臭うわね」

ぽたり、と足元に鮮血が滴っている。
満月の下、硝煙が立ち込め、血の生臭い匂いが立ち込める戦場。
生きているものは数少なく、ただ静かな夜だった。
月光に照らされた美しく設えられた衣は上から下までどす黒く染められている。
奇麗な頬にもべったりと酸化した血がこびり付いてい、手にもそうである。
かつて白かったその手、あの蝶をつかもうとしたその手も。
その手は深く血に染め上げられ、銃がしっかりと握られている。
ああ、と喉で光秀は微かに呻いた。

「ねえ、光秀」
「なんですか帰蝶」

「これで上総介様は私を愛してくださるかしら」

泣きそうな笑顔で、しかし妖艶さは表情に深く影を帯びたためか一層に引き立っていた。
今まで見た中で一番美しい姫の姿だったが無性に光秀は哀しくなった。
彼女は緩慢に手を持ち上げ月光に透かした。
血塗られた銃が二丁、足もとに落ちた。
汚れた手を見、低く彼女は笑う。
と、その体が傾ぐ。
闇夜にその髪が靡き、光秀は柄でもなく、その体を受け止めた。
この姫がこれ以上血で、まして泥などに汚れて欲しくなかったのかも知れないし、違うかも知れなかった。
腕の中、昔このように抱いたことがあった、それを思い出しているのかもしれないが姫は目を細め、ゆったりとほほ笑んだ。
少女のように、しかしそこに嘗ての透明さはない。
それが妙に光秀は哀しかった。

「ねえ、光秀」


「ええ、帰蝶、きっと」


きっと・・・。








闇夜を選んで。
闇をその全身に纏って。
それはたった一つの希望を攫むための。
幼く愚かな、手段だったのだろう。

白い蝶は二つ、闇夜に堕ちた。








ひらり、ひらり。
気配を感じ目を開けば、目の前を紋白蝶が横切っていった。
奇麗に手入れがされた庭の一角、花が咲き乱れたそこに誘われるように。
それに延ばされた手を思い出す。
あんなにあの手は白かったのに、そして美しかったのに。
汚れてしまったのだ。
あの笑顔も、赤が塗りつぶし何度も重ねられ、光を弾かぬ黒と変わるまで。
ただ、黒に。

彼女は哀しい人だったと光秀は珍しく感傷的に思った。
愛されるために闇に堕ちた。
あんなに日の光の下での笑顔は美しかったのに。
自ら闇夜にしか飛べぬ黒をまとってしまった。

そしてそれは自分も同じだった。
あの男の傍にいるために、あの男を殺すために。

手も、服も体も精神も全て汚して自分で貶める。
それで何を手にしたかは定かではない、しいて言えば彼女の死とあの男の血潮か。
哀しいのは彼女をそこまでにした男に怒りを覚えるどころか、そこまでの魅力を備えたあの男を称賛する気持ちなのだから仕様がない。
自分の下で事切れたあの男を見下ろした時の快感なのだから仕様がない。

ひらひらと舞い踊る蝶の姿。
その動きに睡眠欲を喚起され、畳に頬を付け寝転がる。
春の気候にまどろみ、目を閉じようとしたとき廊下を荒々しく歩く音に邪魔をされる。
ゆっくりと顔を向けるとそこには青を纏った男が立っている。
兜についた金属が春の陽光を弾き輝く。
逆光になっていたが男が独眼を見開き、じっと光秀に視線を向けているのはわかった。
男は深くため息をつく。

「おいおい、また勝手に入ってんのかよ、ruleは守れよ、小十郎に誰が怒られると思ってるんだよ」
「おや、血の匂いがしますよ独眼竜」
「neglectかよ、相変わらず血の匂いには目ざといなお前」

そういうと男は腰につけていた六爪を畳の上にぞんざいに落とし、目の前に胡坐をかいた。
部屋に一歩入れば逆光で色の判別できなかった衣が確かに血で染まっている。
そして籠る血の生臭い臭い。
しかし男は気にした風も見せず得意げに笑う。

「戦してきたんだよ」
「戦、ですか」
「yes!愉しかったぜ、何人切ったか数えとけばよかったな」

おまえんとこの魔王のおっさんにも負けねえぜ俺はよ。

「信長公には勝てませんよ」
「Han?わかんねえだろうが」

と、部屋の中に紋白蝶が舞い込む。
ひらひらとそれは部屋の中を旋回し、燐粉をばらまいた。
思わず向いた視線に男は気付いたようだった、手甲を外すとその方に手を伸ばす。
ひらりと蝶は、竜の人差し指に止まる。

「紋白蝶じゃねえか、なんか久しぶりに見たな」
「年中いるわけでもないですからね」
「好きなのか?」
「は?」
「butterfly」

そう言って差し出された手に、蝶はまだ静止したままそこにいた。
捕まえられなかった蝶、汚された蝶。
汚した蝶、貶めた蝶、初めから闇に住んでいた蝶。
そして結局はたされなかった償いも、全てが一瞬脳裏によぎり、消える。

この男は汚れないのだろうとふと思った。
ただ天下を目指し、それを掌握するまで止まらない。
実直で、剛毅で、奔放。
幾千いう命を絶っても、幾万の血飛沫を浴びてもこの男は汚れない。
ただひたすらまっすぐに歩き、陽光の世界を切り開いていく。

精神を闇に売らず、ただ白く、青く、あり続ける。
あの日、彼女の手をすり抜けたあの白い紋白蝶のように。



「いいえ、大っ嫌いですよ、白くて奇麗で憎たらしい」



しかし何処か愛おしい。



手を伸ばした先、蝶は光秀の手をすり抜けるように飛び去った。
その後ろ姿を見送りながら独眼竜は殺す気だったかと揶揄し、光秀はそうかもしれませんねと呟く。


飛び去っていくその姿に、それでいい、と思う。
この手などに捕まえておける物ではないのだ、汚れぬ強い白は。


春の陽光の下、優雅に飛び去る紋白蝶とその白。
竜の姿が何処か、重なった気がした。