抽象的科学思考

「永遠なんて概念を語るほうがおかしい」
街は色とりどりのイルミネーションに彩られていた。店頭のショウケース、街路樹、街路灯。喫茶店のメニューだってそうだし、安価を売りにしているファミレスだってそうだった。
浮かれている、町の様子を見た男ははっきりとそう、呟いた。それは街に対する批判か、それともそうしてしまう人間たちに対する不満か。一瞬男の思考回路をたどってやろうかと思ったが無駄なことを思い出し、口を噤んだ。
それはきっとどちらも正解で、どちらも間違っているのだ、人間という概念にあてはめて考えるには自分たちは常軌を逸していた、故に人間の思考回路を理解するのは到底不可能。
「永遠?」
「そう、永遠、ほらあるだろう、クリスマスに永遠の愛を誓いましょうとかそんな文句」
氾濫している、と忌々しそうに、科学者は笑う。
「ああ、ありますね、それが」
「だから、その永遠という概念がまず間違っているといいたいんだよ、双識くん」

「永遠なんて、どこにもない」

はっきりと断ずる科学者に、双識と呼ばれた男は眉をひそめた。
血の繋がりすら存在しない自分たちにとって、その言葉はあまりにも途方もない、そんな言葉ではあったけれど、それでも双識は永遠を信仰していた。
そうでなければ、あの「家族」は何なんだろうという思いもある。
僅かな反発を覚えながら、それでも努めて冷静に双識は科学者に言葉を紡いだ。
「心外ですね、永遠位存在しますよ」
「まあ、君ならそういうだろうね、だが実際存在しない、絆?そんなものはないよ、あるのは命の連鎖だけだ、死ねば永遠なんてなくなる、絆だってそこには存在しない、死が齎すのは断絶だよ、希望でも何でもない、断絶だ、そして忘却だ、人間の記憶機構には限界がある、消えないものなんてない」
「はあ」
「聖夜の約束だってそんなものまやかしだ、永遠の愛?そんなものがある筈がない、そうだろう、相手が死んでも続く愛なんてあるのかい?俺は大いにそこに疑問を呈したい」

反吐が出る、と完全な不愉快を表にして吐き捨てた科学者に、双識はため息をついた。
そして軽々しく男の誘いに応じた自分を恥じる。
こんな愚痴を聞かされるのであれば家で家族とクリスマスを祝うべきだった。
もっとも、その家族は今日は誰一人としていえにいなかったのだけれど。

「だったら、貴方は何を信じるんですか」

だからこの言葉がいつも以上に棘を帯びていたところでそれは非難されるべきではないと思った。
しかし、この言葉に科学者は足を止め、振り返る。
起こったかと一瞬思うが、振り返ったその緑のサングラスの下にある眼が、優しく細められていたのに面食らった。

「そうだな、聖夜に隣を歩いているという事実、とかどうだろう、俺はこれを運命と呼ぶ」
「運命?抽象的ですね」
「双識くん、抽象的な思考も時には大切なのだよ、それがたとえ科学の分野でもあっても、ね」

意外にロマンチストですね、と笑えば、まあね、と科学者は笑った。



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兎双。
すいません途中で収拾がつかなくなりました。(最低
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刹那主義者

「寒いんですけど」
光を落した部屋からぼんやり眺める景色、目の前で色とりどりの光が爆ぜる。
バチバチとそれらは空気を打ち、焦げた臭いをばら撒き、白い煙を引きずっていた。
煙は暗い空に音もなく霧散していく。星を地上に撒いたような夜景が、それによって霞んでいた。
「寒いな」
気のない返事を返す男はベランダの桟に座ったまま、それらをぼんやりと眺めていた。
吹き込む冬の大気は折角暖房で温めた空気を外へと連れ出し、代わりに部屋を侵して行く。
まるで空気も暖かさを求めているようだ、そんなことを思いながら男が着てきた上着を引きよせ腕を通した。
光が消える、と当時に色さえ消え、男が闇に溶けそうになる。すれば男はそれをベランダに落とし、スリッパで丁重に潰し、もう一度発光しないのを確認すると、ライターで次のに火をつけた。
とたん爆ぜる光、色が戻る。
「それどうしたんですか」
「コンビニで売ってた」
「そうですか」
「今年花火してえねえこと思い出してな、買ってみた」
「貴方がそういうの好むの少し意外です」
そうか、と男は温度もなくそういうと、光に集中し始めた。
ばちばちと、光る、爆ぜる。
「私、花火好きですよ」
立ち上がり、男の後ろへと回る。
そしてわずかな気遣いだったのだろうか、彼一人分の幅しか開けられていなかったドアを全開にした。
髪が、冷たい誘われ後ろに流される、そして一気に部屋の温度が低下した。
「奇麗なものが長く存在すると飽きますが、花火の潔く散る美しさは、本当に好きです」
「へえ」
「だから」

「私はたった数日だけこの世界に降臨して消えるクリスマスの華々しさも、嫌いじゃないんですけどね」


俺は嫌いだけどな、と呟く政宗に、そんなのしってますよと、光秀は笑った。



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現代パロで政光。 恒常的な美しさを好む政宗と刹那的な美しさを求める光秀。
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五時

寒い、と隣で愚痴をこぼす相手に、マフラーに顔をうずめたまま柳は自業自得だろう、と返す。
それもその筈だ、太陽はまだ登っていないこの時刻の気温が、ただでさえ寒い一月に上がる筈がない。
幸村は手をコートのポケットに突っこんだまま、寒い寒い、と繰り返し、それでも歩むスピードを緩めない。
その隣を柳もポケットに手をいれ、少しいつもよし背筋を曲げて歩く。

正月といえど住宅街は閑散としていた。
角松が各家の玄関に並び、しめ縄などいろいろなものが飾られている。
そんな住宅街の中を歩きなれた道順で、柳と幸村は歩いていた。

「寝ているかな」

三つ目の角を曲った時、寒い以外口にしなかった幸村は唐突にそうこぼした。
相手を気遣うような声色を滲ませてはいたが、その実は自分がこんな寒い時間に起きだし、出掛けたことを後悔しているに他ならない。
むしろ、俺が起きだしているのに寝ているなんて許さない、等と腹の内では思っているのかもしれないな、と柳はため息をついた。
まず、相手を気遣うような性質を彼が兼ね備えているのならばこんな時間に電話もせずに家に直接押し掛けるなんてことしないはずだった。
天上天下唯我独尊、まさしく幸村にふさわしい言葉だと思う。

「寝ていない筈がない」
「そうかなぁ」
「あいつの家の正月の朝は毎年六時起床で、挨拶して、書き初めだ」
「まるでストーカーだな、柳」
「・・・親友と言ってもらおうか」

苦々しく吐き捨てた柳に幸村は楽しそうに声をあげて笑った。
ぽっかりとした白い息が虚空に散る。

「でも不思議だな」
「何が」
「俺のほうがお前より付き合いが長いのに、お前のほうが真田のことを知っていることとか、俺が真田より先にお前を誘いに行ったこととか」
「単に相性の問題だろう」
「そうかなぁ」

まあどうでもいいか。
腑に落ちたわけではないようだったが、幸村は勝手に納得したのだろう、この話題を切り上げた。
それは同時に、目的地である真田の家に着いたからということも関係していたのだろう。
見上げた真田の家は静かに闇の中で眠りについていた。
柳が言ったとおり、どの部屋にも明かりはついていなかったし、人が起きている気配も零だ。
ほら、といえば、幸村はまた、このストーカーめ、と微笑した。

「柳」
「何だ」

「あけましておめでとう、今年もよろしく」
「どうした急に」
「俺たちは運命共同体だからな」



そういって、挑戦的に笑うと、幸村は大きく息を吸い込んだ。



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近所迷惑な幸村。
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