graduations 08 mar





♯01 伊達政宗(高校三年生)×明智光秀(保健医)


校舎は騒がしいが、光秀の根城である保険室は静かであった。
校内ではやっと教育から解放された生徒たちがはしゃいでいるが、保険室だけは例外である。
おまけに、式典の途中で体調を崩していた生徒たちも、最後はみんなと、と青白い顔をしたまま教室に向かってしまったため、誰もこの部屋を利用しているものはいなかった。
ついでに放課、光秀は完全に暇をもてあまし、普段は生徒の為に割譲されている固いベッドの上に体を横たえ、惰眠を貪っていた。
ゆらゆらとおそう眠気に完全に意識を委ねようとした時だった。

「get up!honey!」

少し掠れた声と共に光秀の脳髄がぐるり、と揺れ、無理矢理に覚醒させられる。
緩慢に目を開ければ、そこには不敵に笑う男が光秀の白衣の襟を掴んで、己に跨る様にしてそこにいた。

「・・・なんですか、寝ていたというのに」

それは見慣れた、生徒のうちの一人、伊達政宗であった。
部活でよく怪我をしたとか、そんな理由をつけ保健室に入り浸っていた生徒である。
そういえば彼も今日卒業だったか、と、殆どボタンのなくなり、だらしなく空いた学生服を見ながら思う。

「用がなくちゃ来ちゃいけねえのかい、teacher?」
「別に来てもいいですが、私の睡眠の邪魔はしないでいただきたいですね」

そう毒づいた光秀に政宗がちぇ、と舌打ちで返すと同時に、ドアが、こんこん、と遠慮がちにノックされる。
見れば錠が落ちている、そのため開けられないのであろう、女生徒の、伊達先輩、という控えめな声がした。
廊下には数人の気配と、ひそひそ声がある、それは複数の人間がドアの向こうに居る証拠だった。
どうやら捲いてきたらしい、呆れながら男の方を見ると、に、と男はニヒルな笑顔を浮かべ、手を合わせた。

「なあ、先生、頼まれてくれねえか」

***

「先生!伊達先輩はどこに行かれたんですか」

ドアを解錠してやると、必死な顔をした女生徒に詰め寄られる。
鬱陶しい、そう思いながら光秀は窓の外を指差した。
ありがとうございました、そういって、上履きのまま、校庭へと窓を乗り越えていく生徒たちを横目に光秀は自分の机についた。
そして、右の白衣のポケットに入れられた、ボタンを取り出した。
擦れ、メッキのはげたそれを見聞し、頼まれた言葉の内容を思い出す。

『誰かもわかんねえ女に俺の第二ボタンを取られてたまるか、だから先生、俺が渡してもいいって女に出会うまで、ちょっと預かってくんねえか』

そういって、強引に自分の学生服の第二ボタンを毟り取り、光秀のポケットにねじ込んだ。
光秀が異議を唱える間もなく、男はひらりとベッドから降りると窓の外に身を躍らせ、校庭を横切っていった。

「やれやれ、またここに来るつもりなんですかあの男は、全く、鬱陶しい」

言葉とは裏腹に満更でもなさそうな表情で光秀はそう呟くと、からの引き出しをあけ、その中にボタンを放り込んだ。
かつん、と金属同士がぶつかって立てる硬質な音。
その余韻が去ってから、光秀はその引き出しをそっと閉める。
僅か、口角を持ち上げて。


「まったく、あの餓鬼は」


#01 天 邪鬼の法則



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政宗なりの精いっぱいの告白。
そういえばうちのサイトで、ちゃんと告白して一緒にいる人たちはいない気がします。笑










♯02 立海三強


「ああ、清々した」

夕暮れに染まるストリートのテニス場は夕日によって真っ赤に染め上げられていた。
その中央に寝転がる一人の影、長い影をひくボール。
そして傍らには筒が落ちていた、その中には今日、壇上で校長から手渡された、卒業証書が入っている。
それは幸村にとって、通過儀礼の証明でも何でもなく、ただ、学校というシステムから、同時に立海の名門の硬式テニス部からの解放を意味する、そんな紙きれだった。
制服のままコートに身を投げ出している幸村の手の中には六年間使われたテニスラケットがある。
そしてネットを挟んだ先には、六年間共にした仲間と、それ以上の時間共にしてきた仲間がいた。
真田弦一郎と、柳蓮二。
真田は苦笑しながら帽子を直した、その手にはラケットがある。
そして柳蓮二はコートの脇に立ち、ウォンバイ、精市、と笑う。

もう、テニスは大学では続けない、やめる。

そう幸村が、次は勝ちますから、そういった後輩に言ったのは一時間前だった。
そういった直後のメンバーの顔は酷いものだった。
まさか、あの幸村が。
他人に興味がない、仁王や柳生でさえ驚いたように幸村を見ていた。

幸村は自分のことを勝ちに執着する生き物だと承知している。
ただ、結果が欲しかった。
賞状でも、何でもいい、とにかく結果としてそこに存在する物を、幸村は求めた。
それこそが幸村にとって価値のあるもので、全てだった。
しかし気がついてしまった、あの試合で、己が求めていたものが、酷く重量を持っていたことに。
身動きすら許さぬものとして、己に絡みついていたことを。
そして忘れていたのだと知った、純粋にテニスを楽しんでいた時期があったことを。
三人の中で泥だらけになりながら誰が強いかに納得がいかず何十何百と試合をした。
雑誌にあった大技の解説を見ながら、日が暮れるまで誰が一番それらしくできるか、思考錯誤した。
負けたら泣いた、勝ったら笑った。
勝敗に固執してはいた、それでもたくさん笑った、あの日々があったことを。

その日に戻るだけだ、
卒業式がもたらした、自分が最強立海大附属の部長という肩書からの追放によって。
学校の体裁の為に勝つためのテニスではない、自分が勝つための、そんなテニスに回帰する、それだけだ。

たったそれだけの、話だ。

「真田」
「なんだ」
「柳」
「どうした」

「明日もテニスをしよう、明後日もその次の日も、その先も」


「三人で」


夕日の中三人は。
まるで、帰る時間を忘れ、夕暮れまで遊ぶ、少年のような表情で。
笑う。

「テニスが好きだ」


#02 原 点回帰する子供達



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最後まで救われなかった立海三強に救いの手を差し出してみました。
テニス、いつまでも大好きです。








♯03 長曾我部元親(高校三年)×毛利元就(高校三年)


「答辞」

静寂に包まれた体育館に、声が響いた。
凛としたそのまっすぐな声は迷いなく、くっきりと空間に響く。
今まで指示通りに立ったり座ったりを曖昧に繰り返していた元親はその声に、やっと視線を上げた。
壇上には、まっすぐと背筋を伸ばした大して大きくない、それでも遠い背中がある。
きちんと着こなされた制服も、伸びた背筋もこの日のために用意された付け焼刃のものとは違う。
この三年間、彼の体の一部となるくらいに身につけられていたそれだった。
僅かに揺れる、色素の薄い髪。
その向こうにあるだろう鋭いとも言える、真剣な眼差し。

「今年も、木々や草花が春色とへと変わり始める季節となりました」

僅かな倦怠感と、卒業の悲しみ、将来への期待。
それらが漂う体育館を、切り裂くように、否、無に帰すように彼の声は、響く。
特に大きく感情が込められているでもない、それでも、この場で好まれる発音を彼は心得ている。
回帰される過去の時間に、来賓の観客が、ほう、と息をつくのと、隣の少女がハンカチを取り出す瞬間が一緒だった。
しかし当の本人は、そのようなものを全て置いて、文面をなぞっていく。
もしかしたら早く終わらせてしまおうと、そんなことを思っているのかも知れない。

「入学してから今日までの三年間、私達は多くの出来事や、様々な人に出会いました」

すらすらと淀みなく読み上げられていく、三年間の軌跡。
入学式、三回の体育祭、三回の文化祭、出会い、別れ、部活、先輩、後輩、定期考査、入学試験。
並べられていくそれに、自分の三年間を思い、元親は苦笑した。
自分の三年間はこの男の背を追いかけることに終始していたような気がする。
孤独に生き、折れそうで折れないその背も、意志も全て、抱きしめてしまいたいと思った。
それでも、元親の手がこの男に届いたためしは一度もなかったように思う。
比較的傍にいた、それでも、この強情な男が人を頼ったためしは多分一度もない。
いつも手の届く範囲にいたというのに。

「そういった一つ一つのことが私達の糧となり、土台となってそのうえに今、私達は立っているのです」

(遂に最後だな)
元親は自分の手の中にある卒業証書の筒を強く握った。
明日から道を分かってしまう彼に、三年間、伝えることのできなかった全てのこと。
せめて届かなかった手を、その肩に届かせるくらいはしなければ、と。
せめて散るとしても、どうせなら、今日一緒にこの想いとも卒業できるように。


自嘲して、見上げたるは、三年間追いかけた、見慣れた背中。
もう二度と目にしないであろうその遠い背に。


「今日、私達は、卒業します」


元親は別れを告げた。


#03 遠 い背中



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♯04 零崎人識×零崎舞織


街中の雑踏で女子の集団とすれ違う。
皆が総じて同じ洋服、否、制服に身を包み、同じ筒を持っていた。
幾人かは、笑ってい、幾人かは目元が真っ赤で、幾人はしきりにハンカチで目を押さえている。
大丈夫、また会えるよ、そう慰め合っているのがよくわかる、それは卒業式を終えた集団なのだと人識はわかった。
もうそんな季節かよ、そう思い、数歩行ったとき、さっきまですぐ後ろをぴったりとついていた人の気配が消えたことに気がついた。
振り返れば、それは、数歩後ろで雑踏の中で先程すれ違った集団を見送っているところだった。
赤いニット帽、ゆらゆらと揺れる、袖の先。

「おい、伊織ちゃん、置いて行くぞ」

そう声をかけると、舞織は驚いたように人識の方を見、そして照れながら走ってくる。
両腕がない状態で走るのははじめの方は見ていて危なっかしかったが、そろそろ慣れたようだ、上体も揺れることがなくなった。
人識の隣に並んだ舞織は、お待たせしました、と笑い、それでもちらり、ともう後方に既に流されてしまった集団を見やった。
人識もつられてそちらに視線を向けるが、既に人波に没していて、視認することは叶わなかった。

「知りあいでもいたのか」
「いえいえ、そんなことないですよ?っていうか此処私が住んでたところから遠いじゃないですか」
「ん」
「ただ、私も本当なら卒業してたんだなーっておもっただけですよう」

舞織の言葉に複雑な表情を浮かべた人識に舞織は弁解するように腕を振った。
袖がパタパタと音を立てる。

「別に、あの集団にいたころが愉しかったわけじゃないんですよ、人間関係面倒だし、競争いっぱいで鬱陶しいし」
「おう」
「でも、なんていうか、同じ日について、みんなで同じ思いを共有できるっていうのはちょっとだけ」

羨ましいなって、思っちゃったんですよ。

少女はそんなことを言った自分を恥じるように、目を伏せる。
無い物ねだりなんて情けないですけどね、笑っちゃってください、そう、付け加えて。
その様子に人識は苦笑し、行くぞ、と彼女の腕をとり歩き出す。

考えてみればそれは当然の願望だった。
舞織はつい最近まで集団にいたのだ。
どろどろに甘やかしてくれる家族。
常に一緒にいる友人。
それが彼女にとって本意だったかといわれれば絶対とは言い難いけれど。
それでも。
零崎双識のように、孤独からこの一賊に参入したのとも。
零崎人識のように、生まれた瞬間から一賊に属していたのとも、この少女は違う。
この少女にとっては、自分を囲んでくれる人数が多いこと、それが普通なのだった。
一人としての零崎、流血の繋がり、必要な時だけ結集し、家族のために尽くす。
それが寧ろ非日常なのだと、人識は知る、おまけに一族壊滅の今、傍に居るのは、自分だけだった。

諦めろ。

それしかいうべき台詞が見当たらない人識は、ふがいねえ、と喉で呟き、強く、奥歯をかみしめた。


#04 楽 園は過ぎ去って



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薄暗い人舞ですいません。
よくよく思えば二人で世界が完結してしまう二人は、悲しい、と思ったので。







♯05 仁王雅治×柳生比呂士


仁王は別に幸村や真田のように、テニスという競技に執着している訳ではない。
ただ、黄色い球を追いかけ、ラケットで打ち返すだけだと思っている。
たしかにその過程はとても面白いと思える競技ではある、それでも彼らのように、仁王はその競技自体にもむしろ勝敗にすら執着はしていなかった。
何故テニスを続けているのだろう。
その疑問が初めて去来したのは青学との決勝戦のコートで、幸村が、一年相手に苦戦している姿を見た時だった。
彼は勝つためにテニスを続けている、楽しいとかそういう次元ではなく、だ。
ところがどうして自分がテニスを続けているのか、それを己に問いかけても仁王の中からは言葉は帰ってこない。
楽しいでもない、立海にあるまじきことなのだろうが、勝つため、でもない。
それを、卒業式の帰り道、柳生に問いかけた。
柳生は医者の家の子だった、親に医者になる様に言い聞かされている、同時にその障害になりかねないテニスを辞めろと何度も言われているのを仁王は知っている。
それでも柳生はやめない、やめないで済むように勉強をして親を黙らせている。
しかし本来的に言えばこの男も仁王同様、テニスという競技に執着するタイプでも、往々にして負けず嫌いではあるが、勝敗に頓着する方でもない、しかし彼はテニスを続けている。
だから問いかけてみた、しかし想像どおり、柳生は一瞬驚いたように眼鏡の奥の瞳を開き、頸をひねった。

「さあ、どうしてでしょうね」
「わからんのか、自分のことなんに」
「じゃああなたはどうなんです」
「分からんから聞いたんよ」

仁王の言葉に柳生は一瞬眉根を深く寄せ、そうですね、と言葉を詰まらせた。
まっすぐの柳生の視線を追えば夕日に照らされた帰路、5の影法師が地面に縫いつけられてそこにあった。
二つは長く、その間の一つは短い。
その後ろをつく二つの影法師はじゃれるようにしてそこにある。
そして後の二つは今自分たちの後ろに縫いとめられているはずだ。
それを見て、仁王は僅か口角が緩むのを感じた、そして同時に気配を感じ、右を見れば、同様に柳生はまっすぐと五つの影を追いながら口角を持ち上げていた。

「多分好きなんです」
「何が」

「こうやってみんなとテニスをすることが」

楽しそうに、柳生は眼鏡の奥の双眸を細めた。
メガネのフレームに光がかかり、赤い光を弾く。
酷く優しい顔をしている、そんな柳生を見て、珍しい表情だと、思う。

「俺とじゃないん」
「まさか、それとも仁王くん、そんな殊勝な言葉を期待しているんですか」
「いや、そんなん虫唾が走る」

そういえば柳生も笑った。
少し口角を持ち上げるようにして嘲るように笑う、それは仁王しか知らない、紳士ではない柳生の表情である。

本気で勝ちを狙いに行く、その中で少し低い温度で。
ただ、それは遊びの延長に近い、それくらいの感覚ではあるが。

「ああ、でもこれは秘密にしておいた方がいいかもしれないですね」
「そうやね、幸村たちに言ったらそんな半端な覚悟でテニスをするなとか言われそうじゃ」

卒業しても共に在れるその意味と幸福に。
仁王と柳生は、思わず笑う。


#05 幸 福の在り処



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立海お疲れ様の意を込めて。
この二人にとってのテニスについての思いに触れたことがないなと思ったので。