一万分の一色に関する六つの話「青」


創世の青畳歩く―政宗光秀


(俺はあの魔王に、不本意ながら感謝をしなくてはいけないのだろうな)

縁側に腰かけ青い空を見上げている男の姿を見ながら政宗はそう思った。
銀色の細く脆そうな髪はゆらゆらと肩のあたりで揺れている。
その銀は太陽の光を透過し、輝いていた。
血色の悪い肌は、血液が足りない、外国の御伽噺に出てくる魔物のようである。

この男に初めて会ったのはまだこの男が、あの男に仕えている時分だったと政宗は執務の為にとっていた筆を置き腕を組んだ。
その時からこの男は死神だった。
初対面の相手に主を平気で、殺したいとのたまい、自分の兵を殺人の快楽の為に殺せる存在だった。
その、死神に目を奪われたのは、確かに自分だったのだ。

(例えば、この男がはじめから俺の配下にいたとしても、俺はこの男に惹かれたりなんかしなかった)

と、風が吹いた。
風が彼の髪を乱し、見えなかった彼の表情があらわになった。
その血色の悪い肌に彼は緩く笑みを描いている、しかしどこか、何かを悼むような色が窺われるような気がした。
否、悼むは正確ではない、惜しむが正しいのだろう、永久に二度得ることのできない最高の快楽を。
丁度一年前の今日、この男が本能寺であの男を殺した瞬間を。
魔王殺しの瞬間を。
このような時、魔王を死神の中からおい出してしまえればいいのにと思う自分がいる。
しかし追い出してしまえば、死神は死神足り得なくなるのも知っていた。
まさにparadoxだ、と政宗は苦笑する。

(嗚呼、結局そうだ、あの男を完成させたのは、魔王以外に存在しない)

殺人狂なところも、いつも躁状態にあるようなその性格も、神をも恐れぬその性質も。
全て全て、あの魔王が作ったものだ。
その、創造者は政宗ではけしてありえぬ、魔王だからこそ作れた、人間。
そんな人間に、敵おうとしている自分が、まずお門違いなのだろうと政宗は思った。
永久に、死神に影響を及ぼし続けるだろう魔王、だがしかし。

だがせめて、あの男の視界を染めることぐらいは許されよう。
赤でも黒でもない、青に。

政宗は立ち上がり、光秀の傍まで歩み寄った。

「光秀」

声に、億劫そうに振り返り、光秀は政宗を見上げる。
その、温度の低い瞳の中、そこが青に染まっていることを見出し、政宗は、笑みを零した。
瞳の中の政宗もそれに応じて、表情を歪める。

「どうかしましたか独眼竜」
「いいや、別に何でもねえ」

政宗の言葉に興味を死神が失う前に、政宗は光秀の言葉を奪う。
それでしか、この男の視界に留まりつづける術を知らぬ自分は何と愚かで幼い存在であろうかと。
しかし心も、記憶も青で塗りつぶす術がない以上、仕様がないのだと自分に言い聞かせて、竜は。


ただ仮初だとしても、男の瞳に映りつづける青に、満足そうに笑みを零した。




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一万分の一色に関する六つの話「青」


子ども達の永い青―立海三強


「次は勝たなくてはいけないな、真田、柳」

幸村は、着替えの手を止めず呟く。
真田は一足早く着替え終わり、壁にもたれてい、柳は机で日誌を書いていた。
他の部員はもうすでに帰っている、故に狭く、汗の臭いの充満した部屋にいるのは三人だけだった。
窓の外は夕暮れである、暮れかかった校庭にはもう人影はない。
空の端には闇がじわじわと滲んで来ていた、もう夜も遠くはない。

「次負けたら俺はお前たちを仲間と認めないよ、悪いがこの部活では「勝てる存在」 にしか、意味はない」

はっきりとした発音で、彼は続けた
勝てる存在に、アクセントの置かれたその言葉に、一瞬だけ二人は顔をあげ、また伏せた。
その言葉は一見、酷く突き放した暴力的なものに見える。
しかし、その真意を測れぬほど、三人の付き合いは短くなかった。
幸村は厳しい部長だが、けしてこのような暴言は他の部員には吐かない。
しかし、真田と柳に容赦がないのは、幸村がこの部内で唯一、実力を認めている相手であるからだった。
信頼の証であり、背中を預けるに相応しいと思っているゆえの言葉。

「だから、もうお前たちが負けることは許さない」

幸村の言葉に。 柳は顔も上げず、ああ、と答え。
真田も腕を組んだまま、わかったと答える。
その反応に、幸村はよろしい、と笑った。

初め、ラケットをとったのは、戯れだった。
遊戯のツールはいつの間にか、勝敗の付くものへと変わっていった。
相手に負けたくないと思い、競うように練習をした。
気づけば、肩を並べ共通の敵に向かう様になっていた。
他に仲間もできて行った。
しかし変わらないのは、三人の中にある言葉。

『このさんにんのだれがさいきょうか、きめようじゃないか』

幼い時の戯れの言葉が、まだ息づいているからこそ、この三人は対等であり、ライバルであり続けている。
どこかはわからない、しかし頂点に立った時、そこで最強が決められるように。
最強の二文字は背負い続けてはいけない約束だった、たとえどんな手段使っても。

「明日は絶対勝つ、そして、最強の称号を奪い返す」
「ああ」
「そうだな、そうでないと「最強」をとりあえないな」

三人は。
笑った、それはあの幼い約束をした、その時のように。
まるでおもちゃを取り合う様に、無邪気に。


これからも同じものを目指し走り続けていく。
それは、ラケットを置くときまで続く、少年たちの、青い日々。


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一千万分の一色に関する六つの話「青」


星の国の昼―人識+舞織


(あーあれがきっとお兄ちゃんですね)

空を見上げながら、心の中で、思う。
満天の星空、零れそうなほどに無数の星が、視界いっぱいに広がっている。
街の光は遠い、故にくっきりと星は網膜に映り、ちかちか光る。
消えそうな儚い光を発しているものもあれば、埋め込まれたように正確な光を発しているものもあった。
赤いものもあれば、白いものも、少し青味がかったものもある
燃えている温度が違うのだろう、学校に行っていた昔の記憶を引っ張り出しながら、ぼんやりと、見上げる。

(あの、神経質そうなのが、大将さん)

欠損した腕を伸ばし、指さすように定義してから、ふふ、と一人笑う。
周りに人はいない、故に舞織の笑みに答える人もいない。
ふらり、余った袖が揺れた。

(それで、あの天邪鬼そうなのが、音楽家さん)

腕が動きまた星を定義する。
三つは近くにあるものを選んでおいた。
いや、正確には四つだったが、舞織はもうひとつにも名前をつけようかと一瞬逡巡し、その腕をぱたりと落とした。
それは認めなくなかったかも知れなければ、信じていなかったからかも知れなかった。
確認していないことは信じる必要はないのだ、お兄ちゃんが、私が決定的に人を殺すまで、私を零崎としなかったように。

あたりが明るくなり、白々しい光に包まれたとき、舞織は足音を聞いた。
もう、天頂に星空はなく、ただ、ドーム型の天井が見えた。
平日なこともあり人影はほとんどなかった、もともとこの場所は人が集まるような場所ですらない。
そこに、足音が響く。
舞織は星空全体が全て視界に入るように極限まで倒していたリクライニングシートから体だけを起こした。
足音は、止まらず、近づいてくる。
そこからたっぷり数えて十五秒後、足音は舞織の後ろで止まり、椅子に乱雑に腰掛ける音がした。
振り返らず、舞織は、言葉を紡いだ。

「おかえりなさい」

言葉は、ドームの中に微かに反響したが、他の観客は気にした風もなく、その擬似的星空の下から出て行っていた。
後ろの人は小さく笑い声を洩らす。
三連ピアスが、かちりと、小さく音を立てた。

「おう」

久々に、網膜を揺るがした言葉は、懐かしく、そして、星の瞬きとは違って実体を伴いそこにあった。
人は死んだら星になる。
小さなころ信じていた夢物語を、孤独を紛らわせるためにこの星のない街で唯一星を持つ、この場所で何か月もなぞり続けたというのに。
たった一つの言葉でそれを打ち消してしまう彼が憎らしく、同時に酷く愛おしかった。

「おかえりなさい、人識くん」
「ああ」


「ただいま、舞織」


名前を呼ばれ、嬉しくて切なくて振り返れない舞織をよそに。
少年は楽しそうにかはは、と笑った。






Title////アルファイド