かつて叶わなかった願いを
何の疑問もなく繰り返すことができる
それを、なんと呼べばいいだろう





また明日もいっしょに







昼休みのチャイムがなると同時に、慶次は自分の席を立ち、足早にフロアを横切る。
すれば、丁度隣の部に所属する目的の人物が立ち上がったところだった。
すらっとした体にカチッとはまったスーツ。縦のストライプがより彼のスタイルの良さを強調している。
大違いだなあ、とそういう彼の姿を見るたびに慶次は思う。おそらく彼のスーツは特注だろう。どうやら、物欲に乏しい彼は、親友や尊敬する上司からそれならばと、仕事に使う物に金を割くように指示を受けているらしい。
故に、彼が身につけている物は彼の同期や自分が来ている物に比べて見事に洗練されている。
しかし、見た目に反し、フロアの女子から熱い視線を向けられ、周囲に羨望の眼差しで見られる彼ー石田三成は意外と自分に無頓着で微笑ましく思えるところもあるのだ。

「仕事平気?」
「無論だ」
「じゃあ、行こうか」

エレベーターで一階まで降り、オフィスの入っているビルから出て少し路地を行く。
三成と入ったのは、850円の日替わりランチが食べられるフランス料理店だった。
夜の値段は高いが、昼間は近くのオフィスのサラリーマン向けに安いランチを出してくれている。
メインにライスとサラダ、それにコーヒーまで付く。
週に数回、三成と慶次はこうして食事をともにとっている。
毎回同じ店というわけではないが、独身で面倒臭がりな三成と慶次がそこそこバランス良く栄養を取れる店ということで、ここ最近は週に一回は必ず足を運んでいる。
今日は、慶次はデミグラスソースのかかったハンバーグ、三成は鶏のトマトソース煮込みをそれぞれ注文した。

全ての料理がテーブルの上に揃ったところで慶次と三成は手を合わせるのもそこそこにナイフとフォークを手にとり料理を口に運ぶ。
値段の割りにしっかりとした重量と、程よいソースの味がおいしい。
午前中で消費した体力と空いた胃が満たされるのを感じながら慶次は少し満たされた気持ちになった。腹が減っては戦はできぬ、ではないが昼ごはんは午後の士気を左右する大切な物だ。
慶次はハンバーグを半分ほど胃に収めたところで顔を上げる。すれば同様に三成が少し表情を綻ばせながら料理を食べていた。どうやら美味しいらしい。
その表情をみてすこし、慶次は嬉しく思う。
と、その時慶次は三成の変化に気がついた。前は陶磁器のように青白かった肌が、少し血色がいいような気がする。

「ねえねえ」
「なんだ?」
「最近顔色いいよね。ちょっと体重も増えた?」
「……」
「健康的って意味だよ。あんたは痩せすぎ」

三成は、一瞬慶次の言葉に食べる手を止め、首を傾げる。
そして少し考えてから、口を開いた。

「一日二食か三食食べているからだろう」
「へえ、珍しい。どういう風の吹き回し」

三成は極端に食が細い。
朝ご飯も食べてこないし、昼は辛うじてオフィスの周りの席の人が心配するため適当にコンビニか何かで買ってくるおにぎりやらサンドイッチを食べているが、夜も接待や飲み会がなければほとんど食べ物を口にしない。
そもそも慶次と三成が昼食をともに取る様になったのも、三成があまりにも食に執着がないのを心配した半兵衛や大谷が、慶次は遊び歩いているが故にうまい食事が取れる店を多く知っているだろうから、三成に美味くバランスのとれた食事を撮らせてくれと言われたことが発端だ。
そんな三成が、一日三食?
慶次が呆然としていると三成は困ったように眉根を寄せた。

「食べさせられる」
「はい?」
「食べさせてくる人間がいるのだ」
「へえ、彼女でもできたの」
「……」
「あ、もしかして左近?」

三成は困った表情を崩しもせず、仕方ないと言った様子で頷いた。
左近ー島左近は慶次とはパチンコ仲間の友人だった。たしか近くの中学か高校で先生をしている。
三成と左近は慶次が開いた飲み会で引き合わせた。飲み会の最中は席が近かったわけでもなく、ほとんど話してもいなかったような気がするがどうやら今は仲がいいらしい。
左近は軽率でお調子者なところがあるが、裏表があまりない。そして学校で教鞭をとっているだけあり、面倒見がいいのだ。
だから、というのもあるのだろう。左近が三成の生活感のなさについ、手を出したくなってしまったのも。

「仲良いんだね〜二人とも」
「別にそうでもない。あいつが馴れ馴れしいだけだ」
「左近って料理上手いの?」
「大して上手くはない。だが食べれないほどでもない」
「へー。結構結構、いやーいい話きいちまったねー」

慶次の言葉に三成は不機嫌そうに表情をゆがめた。しかし、その実三成はそこまで不機嫌に思っていないのを慶次は知っている。
そんな三成を眺めながら慶次は目を細めた。そして、慶次は自分の中に僅かに残る過去の風景を思い出す。

それは慶次がこの世界に生れ落ちる前、平たく言ってしまえば前世、と呼ばれる時代の話だ。
三成と、左近はある軍の主従の関係にあった。
三成のために全てを賭ける左近。そしてその左近を従えて戦場をかける三成。
劣勢にあった軍ではあったが、一騎当千の実力に、何度敵が肝を冷やしたかわからない。
しかし、そんなあるとき、左近は戦場で命を落とした。
三成の部隊に、影響が行かないように。
左近は敵の部隊を引きつけ、仕留めるはずが返り討ちにあったのだった。
その報告を聞いた瞬間、三成は宿敵の前に立っていたのにも拘らず、その瞳を揺らした。
冷酷な凶王と聞いていた。しかし、彼にもそんな感情があったのかと、慶次は場違いに驚いた。
そんな三成に、慶次の隣に立っていた男は優しく言ったのだった。

『また、会えるさ、三成』

正直に言えば、初めは興味本位だった。
昔の記憶を持たない二人を引き合わせてみて、何かが変わるのか。そんなことを試してみたくなって三成と左近を引き合わせた。
戦国の世界で幸せになれなかった二人が、今度こそ。
そんな願いを込めて。

(うまくいったっていうか、やっぱり惹き合うんだろうなあ)

飲み会の席では、仲良くなるかは判然としなかった二人だったが、気が付けば二人は常に揃って隣にいた。
飲みに誘えば、二人で現れるし、二人が買い物をしている場面だって見たことがある。
二人で一緒に飯を食って、そしてきっと一緒に笑ってテレビを見ているのだろう。
それはある意味戦国時代の二人の再現なのかもしれない。しかしそこには命を誓う場面もなければ、理不尽な事故を除いて死が二人を簡単に別つような場面もないのだ。
記憶という繋がりがなくとも、否、ないからこそ。

「今度は、幸せになれよ」
「今度?」
「いやこっちの話」

満足そうに頷きながらハンバーグを頬張る慶次に。
三成は怪訝そうな表情で首を傾げた。







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