※死ネタ注意。佐助撃破時のセリフより妄想



   





どこにいても
それがたとえ彼岸の先でも
貴方とともにありたい、そう願う





同じ船で渡りましょう










重い体を引きずりながら、佐助は雑木林の中を走っていた。
街道や、道になっている場所は他国の忍びや、もっと言えば伏兵に見つかる恐れがある。
そのため、佐助は木の根や岩でごつごつとした場所を、自分の体を叱咤しながら駆け抜けていた。
否、既に走れてはいなかっただろう。健はいくつか切れていたし、腕も片方使い物になっていない。
血も失いすぎた。視界はぐらぐらと不安定に揺れ、焦点が定まらない。それでも佐助は歩みを止めない。

目指すところは、できるだけ遠い場所だ。甲斐の武田からなるべく離れた場所。
もうすぐ大きな戦が始まる。この天下の趨勢を決する戦だ。せめてその時まで自分の死が、主に伝わらないような場所まで佐助は逃げている。
心配はされるだろう。だが、彼はきっと信じてくれる。己が帰ってくることを。その思いを糧に戦ってくれるだろう。
それでいいのだ、彼の力の一部になることができればそれで。

(猫は、死ぬ間際身を隠すというじゃないの)

気まぐれで、自由で。それでも懐いたら主人を大切にする。そして弱さは見せない。
まあ、それ以前に俺様は猿だけどね、と佐助は自嘲した。
と、その瞬間、視界が反転する。次に視界に入ってきたのは地面ではなく、満天の星空だった。
どうやら転んだようだ。転んだ際にどこか打ち付けた筈だがその痛みすら感じないことに佐助はため息をついた。

(躓いたことすらわからないとは、もう、だめか)

動かない腕でなんとか体を起こすと、這うようにして佐助は近くの木に背を預けた。
腰を下ろしてしまうと、一瞬にして体から力が抜けた。恐らくもう、動けないだろう。ここまでだ。
空を見上げ、滲む視界でなんとか星を探す。そして、己の領地からある程度の距離は離れていることを佐助は確認した。
目標からすれば六割程度。それでもこの怪我であれば及第点だろう。
ここまでこれたなら、もういい。佐助はそう自分の中で頷くと辛うじて動く方の手で腰に差していた懐刀を取り出した。
なんの変哲もない、懐刀ではある。唯一違うのはそこに六文銭が、刻まれていることだけだ。真田の、佐助の主の旗印。真田からたまわった、もの。
この懐刀を、彼は笑顔で佐助に差し出した。それは佐助が己の身を護るために預けるのだと、そういった。
だが、佐助はその時から決めていたのだ。この刀は己が彼を守るために、死ぬときに使うことを。
本来であれば、身分がばれかねないものを使用するのは忍びとして落第だ。それでも、佐助は。
佐助はゆっくりと体の中から息を吐き出すと、目を閉じた。
瞼の裏で、笑う人がいる。怒る人がいる。悲しみに肩を震わせる人が。
長い時間、共に在った。あの人の目指すものを共に見るために走り続けることを誓っていた。だが、自分はこの先には行けない。

「大将、すまねえ。最後まで共に生きられなくて」

もし、できる事ならば。またあちらの世界でも貴方の傍に居させてほしい。
そう思った瞬間、佐助の耳の奥でかちと、音が鳴った。それはいつも主が首から下げている六文銭が擦れ、立てる乾いた音だ。
いつ死んだとしても、三途の川を渡ることができるように。命を賭ける、彼の覚悟だ。

(貰っておけばよかったなあ)

このままでは己は渡れないではないか。そしたらあの人にもう会えないのか。それは少し悲しい。
だがもう、時間がない。佐助は自嘲しながら己の手に持っていた懐刀を引き抜いた。
から、と鞘が鳴る。

(さよなら、幸村様)





『逝くのか』
―逝くよ。
『そうか、ご苦労だった』
―あんたが復讐なんて馬鹿なこと考えられないようにしておいたから。
『全く、お前には頭が下がる』
―ほんと俺様の言うこと聞いてくれないからね、大将は。
『そうか』
―そうだよ。
『そうだ、佐助。先に逝くのならばお前には、これを貸そう』
―は?ダメでしょ。大将、これ貰ったらアンタが…。
『やるなんて言っていない、貸すのだ。だから返しに来い』
―……。
『そっちに行ったら一番に俺のところに戻り、これを返せ。そしてともに渡ろう』
―……。
『佐助?』
―はいはい、全く、大将は我儘なんだから。






「流石佐助、というべきなのだろうな」

目の前で眠る男を見下ろしながら真田はため息を吐いた。
全身に傷を刻み、夥しい血を流したのだろう男の顔は顔面蒼白で血の気がない。
そして憎らしいことに彼はその傷を誰に刻まれたのかという手がかりも何も残していない。
何処の戦場で、どんな相手に戦っていたのか。その痕跡を一切消していた。
それは、真田が戦国の世からしてみれば下らないといっていいだろう情で、敵討ちに走るのを制する意味合いがあるのだろう。
何度、何度も佐助は真田にそれを禁じていた。己が死ぬときは任務を終え、真田のために死んだ時なのだからと。

喜びこそすれ、恨んだり悲しんでくれるなと。

だがきっと、佐助は分かっていたのだ。真田はその言葉の意味を理解こそしていたが納得をしてなかったことを。
故に、彼は全ての禍根を断ったのだ。一部の隙もなく。
まったく、最後まで己のことばかり考えていたのだな、と真田は悲しくもうれしく思う。

真田は屈むと佐助の髪を撫でた。真田がそのように戯れると佐助はいつも眉を顰め、俺様、子供じゃないんだけどと拗ねていた。
それでも、少し目を細めて嬉しそうにするのを真田は知っている。
今の彼はそんな表情を浮かべることもなければ、口角を持ち上げることもない。
その上、いつもふわりとしている髪は血と汗でごわごわと固く、手触りは悪かったがそれでも真田は辞めなかった。
それは今、真田が与えることのできる唯一の労いだったからだ。

「よくやった、流石佐助だ」

佐助は答えない。

「お前は、俺の誇りだ」

何かが、頬を伝った気がした。だがきっと、気のせいだ。そうに違いない。

「先に、ゆっくり休め」

視界の先、佐助の胸元で六文銭がかちりと、揺れた。









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