終わりは近い





終末






「三成は権現を恨まねば生きていけぬのよ」

 目の前に座する男、大谷吉継に三成について、問えば吉継は僅かに珍しく優しい口調を見せた。憐れむような、慈しむような、声。それは毛利が吉継と盟を結ぶようになって一番驚いた点であった。もっと冷酷で、残酷な人間と予想していたため、時折垣間見る三成への愛着に、所詮この男も人間らしい感情を持つのかと驚き、少し興ざめた。それは執着といってもよかっただろう。
 その三成は今は他の室で寝入っていた。狂気と憎悪を常にまとう男は体力の消費効率が悪い。いっそ、どこぞやの死神のように狂ってしまえれば幸福なのではないかと思う。しかし、そうさせないのは今毛利の前に座する男だ。残酷だと毛利は思う。理性を制御しつつ、徳川への憎悪を増幅し続ける。そとから見ている毛利からすれば、三成は吉継に操られているようにも見えた。
 毛利は床に広げられている日本地図に視線を落とした。今までの進軍経路、領土の関係を見やる。徳川の三河には深々と刃が突き刺された跡が残っていた。それは三成が、突き刺したものである。家康、そう唸り、自軍以外の将がいる場でも気にせず、三成はそのような行為にはしった。それを吉継は満足げに見守っていた。その光景は毛利からしてみれば異常としか思えない。

「大谷、それはお前がそう思っているだけなのではないか」
「ほう」

 毛利の言葉に、吉継は顔全体が包帯に覆われたのでもそれとわかるほど感情を揺るがせた。毛利はそれでも構わずに続ける。激昂させても現段階で吉継が毛利を殺すことはあり得ないとわかっていた。それは裏切りを嫌う三成の性質を逆手にとった立場である。

「貴様は石田が徳川と馴れ合うのを恐れておるのだろう。その際、貴様は石田に捨てられかねん。故に、石田の徳川の憎しみを換気し続け、この戦乱の構図を構成した」
「それがなんだ」
「本当は貴様はわかっているはずだ、天下を望まぬ石田が徳川を殺した先に石田の幸福はない、しかし、お前は敢えてその幸福を放棄する、それはお前が石田に捨てられぬように、だ。哀れだな、貴様ほどの男がたった一人への執着に縛られるなど」
「なんとでもいえ」

 吉継は明らかに不機嫌そうに目を細めていた。しかしそこは石田の配下とはいえ、気が長い、直ぐにその気配を消すと、毛利に視線を上げた。そして、指を、地図に落とす。そこには、中国に対する毛利が長年渇望してきた土地、四国があった。

「時に毛利、そういうお前はどうなのだ。お前は何故長曾我部を討つ」
「自明よ、この日ノ本が天下の趨勢を決せんとしておるのだ、瀬戸内の海だけ中立とするわけにはいかぬだろう。ただそれだけよ」

 動揺したか、大谷。そう吐き捨てれば吉継はまた不機嫌そうに目を細めた。
 興ざめだ、と吉継は視線をそらせた。それが合図だった。毛利は立ち上がり、室を出んとする。戸に手をかけたとき、後ろで吉継が低く笑った。
 振りかえれば、鋭い視線と交錯、する。

「下らぬことを申すな、毛利よ」
「ふん」
「西海の鬼によろしく、な」
「西軍におるのだ、自分で伝えよ」

 するりと戸を抜け、閉じる。食えぬ男だ、そう思い、吉継の部屋のよどんだ空気を吐き出すように、肺に大気を満たした。


 己の室の机に向かい、次の策をたてるため、地図を広げる。次は北、その次は、石田だった。石田、そう思い、先ほどの吉継との会話を思い出す。何故、長曾我部を攻めるか。それには毛利自身、もうひとつの理由を見いだしてはいる。
 ただ、測りたいだけなのだろう、と毛利は推測する。毛利も長曾我部も、何時かは終わらなくてはいけない戦乱を引き延ばしてきた。決定的な決着を着けず、瀬戸内の覇権の行方を猶予してきた。しかし、この天下の潮流からいつまでもそのようにしているわけにはいかない。そろそろ決着をつけねばならぬ、そう毛利は感じている。
ならば、最後に。この幾星霜、何度とも知らぬ戦を重ねてきた相手にとって、この日々がもたらしたものは何であったのか、ただ測りたいだけなのだろうと思う。
 まったく、焼きが回ったものだ、と毛利は自嘲した。その為にここまで用意周到に、盟約を結び、謀略を駆使したのだ、この労力をあの男一人のためだけにかけている自分に毛利は笑うことしかできない。

「遂に終わる、な、長曾我部」

 目を閉じ、呼吸をすれば鼻先に潮風が香った。同時にあの、御人好しで馬鹿な男が脳裏で笑う。浅く日に焼けた肌を、隆々とした筋肉を思い出す。毛利、と呼ぶあの深い声も。覇権を巡り刃を交えた日々も、己を抱いたあの腕も。それも全て終わるのだ。この手で全てを終わらせる。
 目を開けば、残像は消え去った。胸に去来する僅かな迷いは見て見ぬふりをした。最後、だ。最後に毛利はあの男から全てを引きずり出す。そして完全に殺し、この世界から、そして己の中から誅殺するのだ。
 そこに残る全ての結果も受け入れる。あの毛利にとって不確定要素で占められた男が「毛利元就」にどのような禍根を残そうとも。

「まったく貴様は」




本当に喰えぬ男よ。




 もう後戻りはできない。歯車は正確にめぐっている。毛利はゆっくりと立ち上がると、また、歩き出した。また歯車を決定的に進めるためだ。もう止まらない。


「待っておれ、長曾我部元親」








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もう本当に今作の瀬戸内はやばい! そして石田主従もやばい!かわいいんですけども!
結局毛利も刑部も似てるのですよね。だからなかがいい。どっちも元親や三成に執着してる。
毛利なんて家が一番ではあるけど元親に執着してるわけじゃないですか!きゅーん!
萌える……!




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