幾つになっても。





酒宴






「よう久しぶりだな、サヤカ」

 いきなり開け放たれた障子に声を出す間もなく、影は部屋に入り不躾に声をかけてきた。嫌そうな顔を向けてやれば、見知った影は、一瞬はっとしたような雰囲気を見せた。大方、何も考えず障子をあけたが、その部屋の主が性別的には女であることを思い出したのだろう。孫市はそのような扱いを望んではいないが、そこは仕方がない。寧ろ、入ってきた人物の相変わらずの軽率さと、実直さに笑いが漏れた。
 そのまま部屋の中へと入るように促すと、太陽の作った影によって見えなかった男の表情などが、見えるようになった。西海の鬼。四国を統べる男だ。かつては戦などしたことのない、甘ったれた餓鬼であったが、一度初陣を迎えてからの男の成長には目を見張るものがある。体格も、部下の使い方も、版図の広げ方も名の上げ方も、全てだった。今や、あの中国の毛利と瀬戸内の覇権を争うまでとなり、西軍のなかの一人の重要な武将として名を連ねているのだ。やれやれ、時間の流れは残酷だ、そう孫市はぼんやりと思った。

「珍しいな、元親、契約の話か」
「馬鹿を言え、てめえなんぞを雇う金はこちとらねえよ。重機の建設で忙しくてな。まあ、てめえの力なんぞ借りずとも、俺は十分天下と渡り合えるってもんだぜ」

 にい、と快活に笑う男に、孫市もあきれた様に笑った。長い付き合いだ。顔の造詣も、体の骨格、肉付き何もかもが変わったといえど、笑うときの表情は変わらないのだな、と孫市は思った。そういうところが好ましいと思っている。敵味方なく、付き合える間柄、まさに友人と呼ぶべき関係だ。
 元親は持ってきた酒を、孫市の方へと差し出す。それは元親がこの日ノ本でいっとう美味いと思っている酒らしい。田舎者が、各地の酒など口にする機会もないくせに良く一番などと言える、とも思っていたが、実際うまい。孫市は隣の部屋に控えている者に、酒宴の用意を告げると、元親に座るように促した。勧められたように元親は畳の上に座る。

「ちょっくら近くを寄ったもんでな」
「ほう、たまにはお前の馬鹿面を見るのも悪くない、そういえばどうだ、四国の方は」
「芳しくねえな、まだ傷跡は深い」

 そのまま、天下の情勢についての話に移る。九州はどうか、西軍は、東軍はどうなのか。お互い、西軍に、東軍に籍を置いている以上、立ち入った話をすることはできなかったが、元親が語る、戦にかかわらぬ話は面白い。傭兵、国主という立場の違いもあるだろうが、あの男は海賊だ。誰にも従わず、誰にも縛られない。そういう生き方をしている男だった。東軍の中にも気の合う連中もいるが、そこにはいない思考の持ち主だった。いや、一人いるか。そこまで考えた時、孫市は今日、もう一人ここに来るはずの男の事を思い出した。

「そうだ。元親、時間はあるか」
「時間、まああるが、どうしたんだ」
「久方ぶりに集まろうではないか、鬼と、烏、そして」


「竜とで、だ」


 久しぶりに聞いた名だったのだろう、元親も頬を緩ませ、悪くねえな、と笑みを零した。と、同時に部下が酒宴の用意が出来たことを告げにくる。また、遠くから鋭い馬の嘶きも聞こえてきた。どうやら騒がしい男が来たらしい。



******



「あーそういえば元親、Honeyとはどうなった?」
「はにいとはなんだ、からす」
「これよ」

 孫市の問いに、政宗は小指を立てる。その政宗に対し、元親は慌てたように口に人差し指を立てるが、政宗はそれを綺麗に無視した。
 初耳だ、そう思い、酒を舐めながら興味のままに言葉を重ねる。

「そうか、元親にもそういう相手がいるのか、変わったな元親、昔は姫若子などと呼ばれておった癖に」
「うるせえな」
「で、どんなやつだ」
「美人で色白だが、怜悧で残酷な奴さ、常に誰かの裏をかいてやろうとしているような奴だぜ。それでいて、三度の飯より自国が大事な奴さ」

 酔いが回ってきたのか、いつもに輪を掛けて饒舌となった政宗の言葉に、孫市は首をかしげる。自分のように家督を継いでいる女子はあまりこの天下に多くはない。傭兵をやっている以上、孫市は各国の状況に敏感であるので、そのような人物がいればすぐに情報が入ってくるはずだった。それとも、あまり天下において表に出ぬような家柄のものなのだろうか。しかしそれよりも、政宗の説明から孫市の脳裏には僅かにある人物の姿がちらついている。酒のせいか、はたまた認めたくないのか、その像はゆらゆらと揺らぎ、実像を保つことはないのだが。

「ふむ、どっかで聞いたことがあるような…」
「もういいだろうが」

 元親は、憮然とし、酒を舐めている。しばらくそうやって酒を飲む元親を眺めていたが、しばらくして、何か思いついたらしい。子どものように目を輝かせると政宗を楽しそうに見やった。それ、始まるぞ、そう孫市は口角を上げ、元親の始める余興を楽しみに待つ。元親は飲みほした猪口を畳に置くと、にい、と快活に笑った。

「てめえこそどうなったんだよ」
「ほう、からすにもおるのか、結構なことだ」
「うるせえよ、目下行方不明だ」
「はは、おてんばな娘なのだな、片目とはいえ独眼竜の視野も狭くなかろうに」

 そう言って孫市は機嫌よく、酒を干す。横目で見れば、政宗の左目が元親を鋭く睨んでいる。それを元親は肩をすくめやり過ごし、酒を注ぐ。政宗は前に置かれている肴を箸で摘まむと口に放り込み、強く噛み始めた。そんな様子の政宗を、元親と顔を見合わせて、笑う。と、元親は何かを思い出したように、そういえば、と言葉を継いだ。

「何やら小早川辺りで見たとかいう声も聞いたけどな」
「Ha?それは本当か」
「嘘言っても仕方ねえ、他の名を名乗っているとかいう話だぜ」
「…それも聞いた話だな…」

 孫市は酒を注ぎながら首をかしげる。小早川の元にいる名を変えた男なら、聞いたことがあったように思う。酒の瓶を、三人の中心へと注意深く置き、酔いが回り始めた頭をほぐすように、こめかみに指を持っていき、少し揉んでみる。小早川、そこに現れた人物。最近あの男が正室や側室を新たに設けたという話は聞いたことがない。名を変えた人物。名を変えた人物…そこで孫市の脳裏に一人の人物が唐突に浮かぶ。高僧。銀色の髪をした、如何にも胡散臭い人。あの人物は、確か。

「うむ、少し待て」
「what?」
「お前らの思い人とはもしかすると、男なのか」

 孫市の言葉に、一瞬で空気が凍りついた。元親は頭を抱え、政宗は聞かぬふりをし、酒をあおる。その態度は明らかに肯定を意味していた。孫市だけは、まっすぐな瞳で二人の方に視線を向け続けている。そして、僅かに狼狽している二人に、ため息をついた。かつて三人そろって馬鹿をやった馴染みの男が、男に懸想しているという。まあ、この時代珍しい事ではないし、孫市の周囲にもいないわけではないが、如何せん相手が悪い。どうやら、元親は中国の覇者、安芸の毛利元就に、政宗は、織田の裏切り者であり、異端とされていた死神の明智光秀に懸想をしているらしい。明らかに将来の禍根になりこそすれ、益にはなりそうもない。
 まったく、昔のように、自分にまとわりついておればまだましなものを、と、少し遠くなってしまった馴染みの二人を思い、孫市は、二人に懸想する相手が出来たことを少し嬉しく、また、少し寂しく思った。無条件で喜べない相手だという事はこの際置いておくことにしたが。

「別にお前らの趣味には口を出す気はないが、なかなか難儀な奴らだな貴様らも。貴様らの先代に、面倒をみるよう言付かってはいるが、これでは私が貴様らの父上殿に顔向けが出来ぬではないか」

 そう呟き、目線を上げる。しかし、そこには飲みかけの酒と、食べかけの肴だけが残されており、奥州の竜、西海の鬼そろって姿がない。開かれた障子を見る限り、どうやら耐えかねず、逃げ出したらしい。そんな所は昔とまったく変わらないようだ。孫市はおかしくなり、笑った。


「本当にお前たちはからすだな」






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現パロとどっちでやるか迷って、こっちにしてみました。
三人って、難しいです。




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