全ての始まりと、終わりを。





雷鳴






 戦火に焼かれた戦場から焼けた匂いが漂ってきている。もうすでに戦場は動いていた。西軍と東軍の衝突。最後の戦いだと家康はもう決めていた。この戦に勝ったら、もう戦はない世界にしてやろうと、決めている。家康自身もこの天下に何の禍根も残していないとは思っていない。沢山の人を殺した、沢山の人の絆を断ち切った。だから、その責も何もかもを負うことはすでに挙兵の時に決めていた。それは、三成でさえもだ。
 遠くから雷鳴が聞こえる、空は晴れている、それでも雷鳴が聞こえるような気がしている。空を割くようなそれはきっと、あの男の怒りで、憎しみなのだろう。苦しんでいる、それを家康は知っている。まっすぐで純粋な男だ、だが、残酷なわけではない、それも家康は知っていた。その苦悩の坩堝へと突き落としたのも、他でもない家康自身であったのだが。

「闇色さんは、光色さんが嫌いなの…?」

 そう、家康に尋ねた魔王の忘れ形見は、もう傍にはいない。戦が始まった瞬間に、何処かへと消え失せてしまった。嫌い、嫌い嫌い。その言葉に、家康は思わず動揺していた。嫌われているとは、思っていなかったことにそこで初めて気が付いたからだった。こんなにもあの男を傷付け続けたのに、愚かにも嫌われていないとそう思っていたのだ。

『家康』
『なんだ、三成』

 瞼の裏の暗闇には、今までの全てが刻まれている。豊臣の下、共にあった日々も、豊臣を自分が殺したことも全て。鋭い視線が、それでも好意的に向けられていたとき、家康は、三成をずっと、愛しく思っていた。周囲から、何処か浮いていた三成は、孤高の存在だった。刑部だけを傍に侍らせ、秀吉と半兵衛の命に、忠実に従う男の後ろ姿をずっと見ていた。時々、目にしたときに声をかければ、どのように反応すればいいのかわからないというように、暗いが、純粋な双眸が、家康を捉えた。その危うさと、あどけなさが、家康の心をとらえたのだろう。唯一、三成が感情らしい感情を見せたのは家康が豊臣の為に戦功をあげた時だった。そのときだけは、三成は本当に僅かに表情を綻ばせた。そのような、不器用ながらも懸命な姿を、家康は愛しく思っていた。同時に、豊臣に盲目的に献身する姿に、嫉妬もした。言葉足らずで、不器用ながらも部下に慕われている姿を、羨ましく思っていた。きっと、自分が豊臣を滅亡に追いやった、その理由は豊臣ではこの日の本を、統治できないと見限ったことも確かだったが、あの男に、徳川家康として見て欲しかったのもあったのだろうと、そう、いまでは家康は思っている。憎悪の対象でもいい、豊臣郡の諸侯の一人ではなく、徳川家康として。
 秀吉を殺した後、あの本当に欲しかった純粋で透明な眸ではなかったが、酷く暗く、鋭い眸が家康を射抜いた時、家康は、不謹慎ながらも、ああ、やっとこの男の視界に入ったのだ、と歪んだ感情に、愉悦した。なんと浅ましい、そう、自己嫌悪にもとらわれたが、その感情はすぐに捨てた。

「そうか、儂は三成に嫌われとるのかもしれんなぁ」

雷鳴が、轟く。光が爆ぜる。轟音が、弾ける。
それでも、三成を、助けたいと思っている。豊臣秀吉を殺し、豊臣軍を滅ぼし、三成をここまで追い込んでしまったのに、それでも、家康は三成を助けたいと思っている。これは、自己満足以外の何物でもないのだろう。それでも。


「嫌われていてもいい、三成、儂はお前が好きだ」


 悲しいくらい、豊臣の亡霊に取りつかれていても、死ぬまで、自分を恨み続けるのだとしても。それでも、家康は、三成が生きて、生きていさえすればいいと思っている。彼の絆を全て断ち切って、この世界に孤立させてしまう事になっても、また、この世界へつないでやろうと思っている。全ての厄災を負う羽目となっても、それでもよかった。永劫、愛されることがなくても、嫌われていてもいい。そう、思っている。それくらいに、家康は、三成が好きだった。どうしようもなく。きっと彼は喜ばないのだろうが、と家康は苦笑した。
 闇が来る前に、終わらせよう。西へと太陽が傾きかけたのを認め、家康は、一歩踏み出した。強く確かな一歩を。
 全て終わらせる、そして始めるために。



「三成、今行くから、まっていてくれ」










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